下町退魔師の日常

 もう少ししたら、店じまいしよう。
 そう思った時、引き戸が開く音がした。
 振り返ると、ノリカちゃんだった。
 昼間来た時のピンクのジャージ姿じゃなく、身体のラインがくっきりと見える青いワンピースに、金のアクセサリーを、これでもかと言うくらい付けている。
 化粧もバッチリで、スッピンとはまるで別人だ。


「ノリカちゃん? 珍しいね、1日に2回も来るなんて」
「うん、早く上がったんだ。まだここやってる時間だと思ったから、取り敢えず化粧落として帰ろうと思って。まだ大丈夫?」
「もちろん。ゆっくりしてってよ」
「ありがと、マツコちゃん」


 上機嫌なノリカちゃんからは、少しだけお酒の匂いがした。


「何か嬉しそうだね、ノリカちゃん。いい事あった?」


 掃除用具をしまいながら話し掛けると、女湯の脱衣所の扉に手をかけたまま、ノリカちゃんは満面の笑顔で振り向いた。


「わっかるー? あのね、お客さんから告白されちゃったの!」
「・・・はい?」
「勿論、結婚を前提に付き合ってくれ、だって! どうしよマツコちゃん、玉の輿!」


 いや、どうしよって言われても。
 またここに生まれたよ、幸せ街道まっしぐらな娘が。


「良かったじゃない」


 あははは、と笑いながら言ってみる。
 1度タガが外れたノリカちゃんは止まらない。
 あたしの目の前にやって来ると、身振り手振りを交えて話し始める。


「大手製薬会社のエリートでね、ウチのお店の常連さんなんだけど。アタシの事すっごく気に入ってくれてね。何度か食事に行ったんだけど、その度にプレゼントくれたりしてさ。まぁ、真面目過ぎてちょっと疲れるけど・・・安定してるし? 絶対に浮気しなそうだし? 取り敢えず付き合ってみるってのも一つの手かなぁって」


 ・・・・・・。
 はぁ。
 要するに、プレゼントと将来の安定した生活の為、ね。
 ま、確かに一つの方法ではあるかも知れない。
 幸せの定義なんて人それぞれだし、それでノリカちゃんが幸せなら。


「でね、彼がそうしろっていうからキャバクラも辞めるし、この町も出て行く」
「・・・・・」
「都会のさぁ、彼の家の近くに賃貸マンション借りてくれるって。ホントは一緒に住もうって言われたんだけど・・・まだ結婚した訳じゃないでしょ? だからさ、お互いに話し合って、マンション借りるのが一番いいかなぁって。聞いて、明日物件見に行くんだけど、そこさぁ、広いお風呂が付いてるの!」


 そこまで勢いで喋ってしまって、ノリカちゃんははっとする。
 あたしが、氷のように固まってしまったから。


「あっ・・・あの、さ」


 バツが悪そうにあたしに声をかけようとするノリカちゃん。
 そこで、あたしは我に帰った。


「あ、ごめん・・・そうじゃないの、怒ってる訳じゃないの。ノリカちゃんがいなくなったらすんごい寂しいなって」