イチは、彼女でも知らないことがあるのかと、少し驚いた。イチがローダに効く。

「その、西の<神界>と<我界>が交わる所というのは?」

「ラガス・サーラの祭壇のことだろうね。まだこの世にミガロ<先住民>しかいなかった頃、<神界>と<我界>の仲が良かった頃、ミガロが<神界>と接触するために使っていたんだ。そこは未だに、<神界>と強い繋がりを持っている」

「ラガス・サーラ…って、ここから二ヶ月はかかるじゃないですか!!急がないと!!」

慌てて言ったイチに、ローダがそばにあった箸をとばした。

「人の話は最後まで聞けと何度言ったらわかるんじゃ」

養い親に言われて、イチは黙った。

「いいかい坊主。ラガス・サーラへ行く、行かないはあんたの決めるこった。どっちにしろ危険だよ?成熟した聖魔の肉は、悪しきものにとってはごちそうらしいからね。そういう奴らが、お前を狙ってやって来る」

「…行かない道を選んだら?」

恐る恐る、ラファルが訊いた。

「そりゃ、お前と聖魔が死ぬだけさね。聖魔は還る時に還らんと、こちらでは生きていけないからね。聖魔が死ねば、その想い人も死ぬ」

こともなげに言われたローダの言葉に、ラファルが唇をかんだ。血が出るほど強く。何で、こんな目に合わなきゃいけないんだと思った。

こらえきれない熱いものが、心の底からせり上がってくる。しかし、それを息と一緒に吐き出し、ラファルはタリアを見上げた。タリアも、ラファルを見ていた。

何を言わず、ラファルが決めるのを待っている。ラファルは、すぅっ、と大きく息を吸った。そして、もう後戻りは出来ないよ、と自分に言い聞かせ、老婆に向き直った。

「……行きます。ラガス・サーラへ」

結局、それしかないのだ。けれど、それを決めることができた自分を、ラファルはほめてやりたかった。

ローダは、にやりと笑った。

「…決まりだね」



それから彼らは二ヶ月の旅に備えて、仕度を始めた。本当はローダとラファルだけが行けば良かったのだが、手勢は多い方がいいだろう、ということで、タリアとイチも同行することになった。ラファルは嬉しくて、心から礼をのべた。

イチが持ち帰った兎を鍋の具にして夕食にし、夕食後、準備が始まった。日持ちのよい干し肉や旅費、野宿になった時のための油紙などを荷袋につめ、足りない物を、翌朝町へ買いに出た。

「しかし、お前はつくづくやっかいごとに巻き込まれるのが好きなようだな」

少し前を行くラファルに聞こえないようイチが言った。タリアはふんっ、と鼻をならす。

「今回は向こうからやって来たんだよ」

「そうだったな」

イチは微笑んで、ラファルのこんなことを背負うには小さすぎる背中を見つめた。

「聖魔を向こうに還して…あの子はどうするのかな」

「さぁね。それは、無事に聖魔を還してから考えることさ」

町で買い出しを終え荷をまとめ、彼らは早朝、ラガス・サーラへ向けて旅立った。