「この子の父親が帝だからさね。帝に限らず人を治める者というのは、時に一より全を、自分の家族より他人をとらなきゃならん時もある。それが責任だからね。特に、帝なんていう民から神のように崇められている者の息子が、たとえ害はなく人を守ってくれる者でも、魔物に憑かれたとなれば大問題だ。帝は一気に信頼を失う。帝には国を傾けない義務がある。殺さなかったのは、帝のせめてもの優しさだろうね」

「けれどこの子は…」

初めてラファルと会った時のことを思い出して、タリアは言った。

「追われていました」

「…………父様が、俺のことを殺せと命じたんだ」

ぽつり、と青い顔を俯かせて、ラファルが言った。

「どこからか、あんたのことが国民にもれちまったんだろうね」

ふんっ、と鼻を鳴らし、ローダは床に寝そべった。
タリアは急に、カダの帝に対してとてつもない怒りを感じた。何の選択権もない子供を、世から分離し、たとえ義務だとしても自身の威信のために隠し、殺そうとする。イチが、膝の上に拳を握りしめているラファルの肩をそっ、と叩いた。そして、ローダに訊ねる。

「いつ、聖魔はあちらに還るんですか?」

「今冬さね」

「………は?」

「生まれて十年目の冬、聖魔はあちらに還り、あちらで春を迎える。ただしね、それには儀式が必要なんだ」

「どんな?」

「わしにもよくわからんのじゃが、チャヤ<影>の話では、西の<神界>と<我界>が交わるところに、ラファルを連れていくのだそうだ。どんな儀式をすれば助かるのかは、わしもよくわからんのじゃがね」

イチは、彼女でも知らないことがあるのかと、少し驚いた。イチがローダに効く。