「あんた、どこの子だい?」

川から少し離れた洞窟に、小さな火をたき、タリアは洞窟の奥にうずくまる少年にたずねた。

本当なら、追っ手が近くにいることを考えるべきなのだが、ずっと腰まで水につかり衣は濡れている。それを乾かす必要もあるし、何より少年が凍えてしまう。

あの時は咄嗟に助けてしまったけど、この子がどこの子かも、何で近衛兵に追われていたのかも分からない。

平民では麻の衣がいいところで、しかしこの子は綿の衣を身に付けていることから、随分立派な家の子供らしいが、そんな家の子が、何でまた追われていたのか…

「名前は?」

前の質問には答えてくれなかったので、少し間をおいて、別のことを訊いてみる。それにも答えずに、少年は更に身を小さくして、膝を抱えた。

頑なに必死になって自分を守り、そうすることしか知らないような少年の姿に、タリアは軽くため息をついた。洞窟の出入口に寄りかかり、もう沈み始めている空を眺める。

「…………俺のせいじゃない」

ふと、少年が、まだ声がわりも迎えていない、少年らしい高い声で、ぽつん、と呟いた。


"私のせいじゃない"


タリアの脳裏に、1人の少女の声が響いた。あの少女は、この少年そっくりだった。

ただただ必死に、他者につけこまれないように、それでも背負っているとてつもなく重い物を、少しでも軽くしたくて、あんなことをぽろりと口にした。

「…私は、今夜ここで夜を越したら、隣のルアンに帰るけど…一緒に来るかい?」

タリアのその問いにも少年は答えず、膝に額をつけ顔を隠してしまった。タリアはそれ以上何も言わずしばらく外を警戒していたが、やがて洞窟の隅に横になり、周囲を見張っていられるくらいの浅い眠りについた。

翌朝。
少年は、"ラファル"と名乗り、一緒にルアンに連れて行ってほしいと、タリアと一緒にカダ王国を後にした。