僕がなにも頼まなくても、倉井先生は制服のエンジのネクタイを結んでくれた。
首の近くで白い両手が結び目を作る様子を、僕は不思議な気持ちで見つめた。
こういうことを毎日してもらえるんなら、家族っていいよな。
途中、先生の髪が一本挟まってしまい、それを取るためにさらに接近した。
息がかかる距離で、僕はドキドキした。
髪をおろした先生の耳に光るダイヤのピアス。
なにもしていなくても、扇形に長く伸びたまつ毛。
赤みがだいぶ直ったけれど、それでも濡れている瞳。
化粧っ気がなく、青白い肌。小鼻の横が少し荒れている。
「はい。できました」
これ以上見ないでと言っているようにも聞こえた。
先生の結ぶさまは、手馴れてはいなかったけど、下手でもなかった。
これだけで男の影を見抜くことは、僕にはできなかった。
とりあえず、部屋には匂いも灰皿もないんで、タバコ飲みの恋人はいないようだ。
玄関先で、僕はブーツの紐を丁寧にほどき、確認するようにゆっくりと結んだ。
すぐ後ろに倉井先生の気配。
サラリーマン家族ごっこは、まだ継続中。
先生は送ってくれるといったけど、考えてみたら僕は自転車で来たんだっけ。
「さっきの電話、誰からだったの?」
「……あなたの、お母様」
え。
まさか、そういう返事がくるとは思わなかった。
なんであいつ、僕も知らない倉井先生の携帯番号知ってるんだ!
ちくしょー、あとでおぼえていやがれ!
「渡辺くんが眠っているときにも、何回かあって……田中先生からもありました」
田中先生っていうのは、気持ちよく頭の禿げあがった学年主任。
俗に言うハゲナカ先生。独身。
指の分かれた靴下を履いているため、水虫の疑惑あり。
「なんでハゲナカまで倉井せんせの携帯知ってんだよ?」
「大騒ぎしているみたいです。渡辺くんがいなくなったって、お母様から学校へ連絡がいったらしくて……。みんなで探しているみたいです」
『みたいです』って……先生……。
「かくまってくれてたの? 先生」
なにも言わずに、僕につきあってくれた。
そのことが、うれしくて、ただうれしくて、僕は立つに立てなかった。
「ありがとう……」
あとでどんなイヤミ言われるかわからないのに、僕のことを黙っていてくれた。
首の近くで白い両手が結び目を作る様子を、僕は不思議な気持ちで見つめた。
こういうことを毎日してもらえるんなら、家族っていいよな。
途中、先生の髪が一本挟まってしまい、それを取るためにさらに接近した。
息がかかる距離で、僕はドキドキした。
髪をおろした先生の耳に光るダイヤのピアス。
なにもしていなくても、扇形に長く伸びたまつ毛。
赤みがだいぶ直ったけれど、それでも濡れている瞳。
化粧っ気がなく、青白い肌。小鼻の横が少し荒れている。
「はい。できました」
これ以上見ないでと言っているようにも聞こえた。
先生の結ぶさまは、手馴れてはいなかったけど、下手でもなかった。
これだけで男の影を見抜くことは、僕にはできなかった。
とりあえず、部屋には匂いも灰皿もないんで、タバコ飲みの恋人はいないようだ。
玄関先で、僕はブーツの紐を丁寧にほどき、確認するようにゆっくりと結んだ。
すぐ後ろに倉井先生の気配。
サラリーマン家族ごっこは、まだ継続中。
先生は送ってくれるといったけど、考えてみたら僕は自転車で来たんだっけ。
「さっきの電話、誰からだったの?」
「……あなたの、お母様」
え。
まさか、そういう返事がくるとは思わなかった。
なんであいつ、僕も知らない倉井先生の携帯番号知ってるんだ!
ちくしょー、あとでおぼえていやがれ!
「渡辺くんが眠っているときにも、何回かあって……田中先生からもありました」
田中先生っていうのは、気持ちよく頭の禿げあがった学年主任。
俗に言うハゲナカ先生。独身。
指の分かれた靴下を履いているため、水虫の疑惑あり。
「なんでハゲナカまで倉井せんせの携帯知ってんだよ?」
「大騒ぎしているみたいです。渡辺くんがいなくなったって、お母様から学校へ連絡がいったらしくて……。みんなで探しているみたいです」
『みたいです』って……先生……。
「かくまってくれてたの? 先生」
なにも言わずに、僕につきあってくれた。
そのことが、うれしくて、ただうれしくて、僕は立つに立てなかった。
「ありがとう……」
あとでどんなイヤミ言われるかわからないのに、僕のことを黙っていてくれた。


