彼はお笑い芸人さん



 愛しい瞼を眺めていたら、それがうっすらと開いた。
 完全に開ききると、ぼやけた焦点がぴたりと私に定まった。

 そして緩く弧を描いた唇が、掠れた声で尋ねた。

「……おはよ、菜々ちゃん。体調いかが?」

 あ、そう言えば……

「いいみたい。薬のお陰かな」

「良かったあ。薬と遠藤君のお陰だね」

 そうだ、

「遠藤君は?」

「もう帰ったよ」

 そう言うと透琉くんは片手を伸ばし、ベッドのへりにかけている私の手を取った。

「だからこっちおいでよ、菜々ちゃん」

 懇願するように言われ、ベッドを下りる。

 うんうん、透琉くんは怪我人だもんな。
 手を借りずに、この体勢から立ち上がるのはキツイだろう。

 幸い、私の体調は本当に良くなったらしい。
 まだ少しだるい感じはあるものの、吐き気とふらつきは治まっている。

 透琉くんに肩を貸そうと身を屈めると、腕をぐいと引かれた。

「ここ、菜々ちゃんの特等席。座って」

 もう片方の手でポンポンと示される場所は、透琉くんの下腹部だ。
 つまり透琉くんの体を跨いで、腰を下ろせということらしい。

「えっ、駄目だよ。怪我してるのにっ」

「大丈夫だよ。怪我してるの、足だけだから」

 そう言われましても。

「響きそうだもん、足に。安静第一ね」

「いーよ、それより菜々ちゃんとくっつきたい。触れ合いたい、じゃれあいたい。お願い。菜々ちゃん第一じゃ、駄目?」