「しょうがないなあ」

「菜々ちゃん、大好き」

 ごろにゃんと甘えてくる透琉くん。

 クッションを抱きかかえている私をまるごと抱きしめて、そのままラグマットの上になだれ倒す。
 花柄のクッションが私たちにサンドイッチされて、むぎゅっと苦しそう。
 板挟みの私の腕も不自由だ。

「透琉く……」

「好きだよ、菜々香」

 透琉くんはやっぱり、なんていうか上手い。

 いつもどこか笑っているような瞳を真剣にして、いつも菜々ちゃんって呼ぶのにこういうときだけ菜々香って呼ぶんだ。
 透琉くんが真剣な瞳をして、菜々香って呼ぶときは、こういうときなんだとすぐに分かる。

 Aをする前には必ずBをすることを習慣づけると、習慣づけられたほうはBをされるだけでAだなって分かるようになるっていう、アレみたい。
 何だっけ、そうだ「パブロフの犬」

 鈴を鳴らされるだけで餌を貰えると思って涎を垂らすワンちゃんみたいに、透琉くんに菜々香と呼ばれるとつい身構えてしまう。

「っだ、やだやだやだっ! 二週間ぶりに会って五分で即エッチとか、やだっ。ケダモノ、猿化っ、モンキー辻っ」

 わめき散らす私を唖然と見たあと、透琉くんは渋い顔をした。

「どうも。猿化芸人、モンキー辻です。持ちギャグ行きまーす、かいーの……と見せかけてーの、やりてーの」

 かくかくと腰を振り出したモンキー辻を、冷めた目でじとりと見る。

「いやん、すべった。分かってる、分かってますって。俺が最低、でも話聞いて。今日、俺には時間がありません。でもどーしても、菜々香を抱きたい。会えなかった分、いっぱいキスしたいし、触りたいし、繋がりたい。俺のだって、いっぱいマーキングしときたいの。んで癒されたいし、安心したい。次会えるときまで、また頑張ろうって思える」

 透琉くんは調子がいいけど、嘘は言わない。
 口が上手いといっても、いいことばかり言うんじゃなくって、悪いことも正直に言った上で、相手を納得させてしまう。

 今言われたことも、結局は透琉くんの「したい」ばっかりで、完全に自己中心的なんだけど。
 キュンとして嬉しくなってしまう私は、完全にノックアウトされている。

「ごめんね、ムードなくて」

 謝りながら、ゆっくりと近づいてくる唇。
 ムードはないし、自己中だし、猿だし。だけどすごく好きだ、透琉くんが。

 鼻先をわざとぶつけて、すりすり擦り合わせるのが、キスするよっていう透琉くんの合図。
 合図に目を瞑ると、ふにっとやわらかい感触が唇を覆った。