「ごめん、つい取り乱しました。電話は、今日する。また今度って言ったのは……指輪」

 ばつが悪そうな顔をして、透琉くんが言った。

「え?」

 指輪って――……エンゲージリング?
 まったく頭になかった。

 プロポーズと共に、贈ってくれる予定だったんだろうか。

「あっ、えっと、ごめんね。透琉くんの段取り無視して、逆プロポーズしちゃって。指輪、渡してくれる予定だったんだよね?」

「うん。……でもその予定、二度もポシャっちゃって、三度目の正直も駄目だったらって思うと、足踏みしちゃってた。いくら好きでも、巡り合わせが悪いのかなとかさ、ネガティブに考えちゃって。だから、今日の菜々ちゃんには、ほんとヤラレターって感じ。いかしてる、ラジオ体操マジ最高、愛してる」

 そう笑って、透琉くんは私の左手を口元に運んだ。

「ここ、予約アリだからね? しっかりマーキングしとこ」

 かぷりと咥えられる、薬指。
 甘噛みだけど、わりと痛い。

 これってキスじゃ駄目だったのかな。透琉くんの発想はやっぱりユニークで、可愛くて。
 私を虜にする。

 透琉くんを呼ぶ声が響いてくる。
 いつまでイチャついとんじゃボケえと。

「わわ、んじゃホントにもう行くね!」

 売れっ子お笑い芸人さんである、婚約者と、ゆっくりイチャラブする日はまだまだ遠そうだけれど。

 とっても幸せだ。
 だから笑顔で送り出そう。


「行ってらっしゃい、今日も頑張って。いっぱい笑い取ってね!」

「うわー、菜々ちゃんったら。プレッシャー与え上手う! 頑張ります!」





~彼はお笑い芸人さん~Fin.