「……わっ、駄目!」

「……何で、駄目え?」

 赤く潤んだ瞳で、甘えるように訊かれて、全力で流されそうになるけれど。

「だ、だって、出なくちゃ……」

 さっきからのトントントンというノック音が、ドンドンドンに変わっている。
 そして、ついには

「とーる! おっはー! 邪魔するけどなあ。ジャーマネ、迎えに来とるで」

 久遠さんのよく通る声がドア越しに。

 透琉くんの顔色がさっと変わる。
 転がるような勢いでベッドから下りて、ゲストルームのドアを開けた。

「おはようございます! お世話になってます、久遠さん。俺……」

 そこまで言うと、すうと深呼吸して透琉くんは言った。

「結婚します。菜々ちゃんと」

 部屋の前で突っ立っていた久遠さんも、透琉くんに負けず劣らずのボサボサ頭で、寝起き顔だ。髭が一段と濃くなっている。
 数秒ポカンとしてから、熊が冬眠から目覚めたような唸り声を上げた。

「うおおおお、ホンマかあ! ようやった、とーる! めでたいなあ。よっしゃ、飲むか!」

「あ、いや。ようやったのは、菜々ちゃんで、俺は……」

「おっ、菜々ちゃん。おめでとーさん。やったなあ! オッサン嬉しいわ、ホンマ」

「ありがとうございます。久遠さんと雪美さんのお陰です、本当にありがとうございます。これからもご指導ご鞭撻のほう…」

「ああーもうそんな堅苦しいのは、あかんあかん。ご指導ご鞭撻されたいのは、俺のほうやで。どMやねん。鞭打って~ん」

 バシっと飛んできたのは、愛の鞭だった。

「朝から何アホなこと言うてんねん。とーる、三木さん玄関の外で待っとるで。入りや言うたんやけどな」

「はい、行きます。すみません、雪美さんにも大変お世話になりました。ありがとうございます」

「また四人で、お祝いしよな」

 清々しい朝日のような雪美さんの笑顔に、みんな頷いた。