彼はお笑い芸人さん


「えっ、今?」

「そう、今。また後でとか、いつでも出来るとか思ってることって、大概今すぐやった方がいいことですよ。今、してください」

 ピタリと手を止めて、顔を上げた遠藤くんが言った。
 随分怖い顔だ。

 共同の仕事を押し付けられて、関係ない愚痴まで聞かされたもんだから、

「怒ってる?」

「いいえ。電話しないと、怒りますよ」

 いや、絶対すでに怒ってるよ。怖いもん!

 ギロリと睨みつける遠藤くんの気迫に押され、恐る恐るスマホを取り出した。

 金曜日の夜八時半。

 仕事中かもしれないし、誰かと一緒かもしれない。そう思うと、なかなか電話はかけづらい。
 だけどそれを言うと、遠藤くんの言うとおり、いつまでも後延ばしにしてしまう。

 ええい、成るように成れ!
 出なかったら、切ればいいし!

 消すことの出来なかった、だけどかけることも出来なかった、透琉くんの電話番号を呼び出して、コールした。

 十回コールして、出なかったら切ろう。
 一、二、三、四……

 コール音と共に高鳴る胸が痛い。
 八コール目、繋がった。

「…………わぁいふぁーい」

 わいふぁい?
 まったりとした口調の、まどろんだような透琉くんが出た。

 もしかして寝てた?

「あ、あの……菜々香ですけど、今大丈夫ですか?」

 尋ねた声がかき消されそうなほど、どわっと賑やかな笑い声が飛び入ってきた。
 どうやら周りにはたくさん人がいるようだ。

「えっ、なに。うるさくって聞こえなーい。ちょ、っと、待ってね~」

 ふわふわとした口調で透琉くんが答える。どうやら話しながら移動しているようで、声がぶれて聞こえる。
 そして背後の賑やかさが、少しずつ遠ざかる。