「……いえ。そんなことは、決してないです」

「いくら上司が嫌いな奴でも、仕事は仕事だからな。ちゃんとやってね」

 む?

 だから、嫌いって言ってないのに。
 こういう、チクリと嫌味っぽいところが嫌なんだよなあ。

「すぐ直します」

「いや、今日はもういいから。気をつけて帰ってくれたらいいよ。お疲れ様」

 そう言うと英課長は、椅子の背にかけた上着の内ポケットから煙草とライターを手に取り、喫煙ルームのほうへ行ってしまった。
 その後ろ姿を見送って、自分の席に座り直した。


 十五分ほど過ぎた頃に戻ってきた課長は、まだいる私を見て目を丸くした。

「帰っていいって、言わなかった?」

「言われました。すみません。型番の修正箇所、そんなに多くないんで、して終わりました。今日は本当に、申し訳ございませんでした。明日からまた、よろしくお願いします」

 立ち上がりバッグを手に提げ、頭を下げた。

 課長が煙草を吸って気分転換していた間、私も気持ちを入れ替えた。

 このままふて腐れて帰ったら、きっと明日からはもっと気まずい。
 ちゃんと謝って、ちゃんと仕事したい。
 より良い明日のために。

 顔を上げ、じっと瞳を見つめると、見つめ返してきた課長が、ふっと息を吐いた。

「……ああ。こちらこそ、よろしく」

 良かった、思いが通じて。
 ほっと気が緩んだと同時に、課長が思い出したように言った。

「ああ、そうだ。返事が途中だったな」