彼はお笑い芸人さん



 透琉くんと別れた後、それとなく察知したらしい遠藤君に再告白された。

「心の穴を埋めるのは、僕じゃ駄目ですか?」

 ドラマの台詞みたいな、オシャレな言葉で。
 私は何て答えただろう。気が動転していたから定かじゃないけれど、

「穴は開いたままでいたい」

 確かそういう感じのことを、言ったと思う。
 今思い返しても、何て可愛げのない女だろうと思う。


「ごめんなさい」

 しゅんとして謝ると、遠藤君はくすっと笑った。

「嘘です、冗談です。小西さんが素直すぎて、嗜虐心を煽られるだけですから。小西さんへの気持ちは、ちゃんと自分の中で決着ついてますから、安心してください」

「……今さらりとドSなこと言わなかった?」

「さあ、気のせいでしょう」

 爽やかスマイルを振りまき立ち去った、遠藤くんの後を追うようにして課に戻り、三時のお茶を配膳した。

 社員各自の「マイ・マグカップ」は、カップの絵柄でどれが誰のか見分けが付く。
 青緑のチェック柄は田川係長、淡いペールベージュの無地は宮野主任、可愛いキャラクター柄は竹下さん。

 外回りに出ている社員を除き、課に残っているメンバー内での役職の重い順、勤務年数の長い順に配膳していくのが、慣習なのだけども。
 このとき、いつも少し気になってしまうのは、新しい上司の英(はなぶさ)課長だ。

 今秋、親会社の「稔幡農機」から移動してきた英課長は、とにかく無愛想だ。

 子会社への移動は不本意だったのかもしれないけれど。うちの社風に馴染もうという気配がない。

 お茶休憩タイムにも黙々とパソコンに向かっている。
 赴任初日にお客様用カップでお茶を出したら、素っ気なく返却された。

「俺はいい。飲みたいときには、自分で淹れる」

 あれ以来、ちょっと苦手なのだ。英課長が。

 いや、それ以前か。
 初めて呼びかけたときに「ハナブサ」を「ハヤブサ」と間違えてしまい、低い声で訂正された時点で、お互いの印象はきっと良くない。