春らしく、さらりとした水色のシャツをお召しになっているお客様の、上半身が透けている……のは、びしょびしょに濡れているからであって、それは私どものせいなんだけども。

 な、何だそれは……まさか、ブラジャー?
 自分の目がおかしいのかと疑ったけれど、それ以外に見えようがない。

 肩から吊り下がる紐といい、胸部を包む丸い半円といい、どう見てもブラジャー!
 透け透けシャツの下、超目立ってますけどどうしましょう!

 これが噂に聞く、ブラジャーを着けるのが趣味な男性、「ブラ男(お)」さんでしょうか!

 こ、こ、ここは大人の対応、「見て見ぬフリ」でいこう!

 そう決意するも、隣で固まっている田川係長もぎょっとした表情で凝視している。
 視線の先には、ブラジャー。

 私たちだけじゃない。
 水浴び騒動ですっかり注目を浴びてしまったブラ男さんの胸元に、野次馬さんたちが騒然としている。

 ど、ど、どうしようっ……

「あ、あのっ……お、お着替えを、ご用意……」

 とりあえずこの場からの移動を促そうとしたとき、ブラ男さんはにこっと笑った。

 その笑顔は安心するほど優しくて、ドキリとするほど華やかで、ポカンとしてしまった隙に立ち上がったブラ男さんは、とても歯切れよく発声した。
 よく通る声で。


「ハイっ。もしもブラージャーを着ける変態趣味のブラ男が、たまたま通りかかった展示会コーナーで水をかけられて、ブラジャーが透けてしまって、周りがドン引きしてしまったらー?」

―――はいぃ?

 いきなりスラスラと告げられた「お題」にみんなが唖然としたとき、眼鏡の男の人がすいっとやってきて、ブラ男さんの隣に並んだ。

「んじゃ、俺ブラ男するから、お前、ドン引きしてる野次馬して」

 驚くべきナチュラルさで眼鏡の彼に話を振るブラ男さんを、しらっとした表情で見る眼鏡さん。

「…………」

「もしもーし、無視しないでくださーい」

「言われたとおり、やってますよー。ドン引き中ですので、コッチ見ないでくれますかー」


 なに、何、何なのコレ、まるで……漫才?