「え?」
「透琉くん、いま全然笑ってなかったよ。面白いって言いながら、超悔しそうな顔してるもん。観る側で気楽に笑っていたいって、嘘だよね。本当はアッチ側で、俺が一番笑わせてやるって思ってる、よね?」
悔しいのは、諦めていないからだ。
まだ自分もあそこで戦いたいと思っているはずだ。
「違う?」
ふわりとした髪の毛を指先でとかしつけながらそう尋ねると、私をじっと見上げていた大きな瞳が、微かに揺れた。
「……違わない」
そう答えると透琉くんは瞼を閉じて、しばらく黙ってしまった。
あのときもし私が、「もう芸人を辞めてほしい、一緒にこっち側で笑っていてほしい」と願っていたなら、私たちの未来は変わっていただろうか?
*****
「お久しぶりです」
残暑厳しい十月、ぐんちゃんはソフトデニムのくたりとしたシャツとカーキ色のチノパン姿で現れた。
相変わらず、オフはラフだ。
だけどトレードマークだった伊達眼鏡はかけていない。
それに、少し丸くなった印象だ。
「お久しぶりです」
敬語でオウム返して、続ける言葉に躊躇する。
どういう顔をして、どういう親しみを現せばいいのか、よく分からなくて。
透琉くんと別れてから一年。
すっかり「テレビで観る人」になってしまったぐんちゃんが、すぐ目の前にいて、話をしているということ自体、何だか非現実的に思える。
「ぐんちゃん、ちょっと……おっきくなった?」
背は元々高かったけれど、以前よりも大きくなった感じがする。
「ええ、横に。まあ、今で標準体型ですけど。前はガリすぎたから。菜々香さんは、ますますお綺麗になられて」