彼はお笑い芸人さん


 ずいと歩み寄られて、じりじりと後ずさる。

「だ、誰にも言いませんから! 有名番組のプロデューサーさんが、仕事を撒き餌にして女性を釣って、食い散らかしてるだなんて。しかも斡旋役が人気俳優さんだなんて、口が裂けても……」

「そこまで知られちゃあ、タダで帰せないなあ~。お嬢ちゃん」

 万事休す!
 いや、休してる場合じゃない!

 こうなったら蹴り飛ばしてでも……
 そっと片足に重心移動させたとき、部屋のインターフォンが鳴り響いた。

「ん、誰だあ?」

 吉村さんがインターフォンのモニターへ向かう。
 今がチャーンス!?
 この隙をついて……

 だだっと脇目も振らずに玄関に走る。


「おいっ、逃げ……っ」

 背後の声を振り切って、外に飛び出たはいいものの……

 エレベーターが開かないいぃぃ!! 何でぇ!? 

 ボタンを連打連打してる間に、捕まっちゃう!!
 こういうときは、こういうときは、こういうときは!?

 エレベーターじゃなくて、非常階段!?
 他の住人へ突撃SOS!?
 どっちも見当たらない。あ、警察に通報!?

 でもでもでもっ、そんな大ごとには出来ないしっ。