彼はお笑い芸人さん



「悠くん、もう~相手してよう。今日、悠くんが来るって聞いたから来たんだよ~」

 そう言って岩崎悠大の腕を取るのは、さっき玄関で出迎えてくれた女の子だ。
 私のことは完全に眼中にない様子で、熱っぽい視線を「悠くん」だけに注いでいる。

 感情の読めない表情で彼女を見下げると、悠くんは魅惑的に微笑んだ。

「急かされると萎えるんだけど……」

「あたしは、焦らされると燃えるの。知ってるくせにぃ、意地悪~」

 取られた腕をぐいぐい引かれ、どこかに連れられて行く悠くんを見届けながら、プチパニクる。

 えっ……ちょっ、

「岩崎さんっ……」

 置いてかないで~!!


「まあまあ、いいじゃないのー。悠ちゃんは先約アリだから、君は僕らの相手してよ」

すいっと歩み寄って来たのは、黄色いポロシャツを着た男の人だ。

 片手には飲みかけのワイングラス。ほろ酔いなのか、少し顔が赤い。

「何飲む? え~と、名前……何ちゃんだっけ?」

「菜々香です」

「菜々香ちゃんね。ヨロシク。僕はねえ、あ、ちょっとコレ持ってて」

 ワイングラスを私に渡すと、ポケットをごそごそさせて名刺入れを取り出した彼は、そこから取り出した名刺を私に差し出した。

「……吉村さん……凄いですね」

 番組制作チーフプロデューサーの肩書きと共に、有名な番組名が羅列されている名刺に目を白黒させると、吉村さんはふふんと鼻を鳴らした。

「出たい番組とか、会いたい芸能人いたら言ってよ。喋らなくていい、アシスタント的な役なら、来週にでも収録あるんだけど、どう?」