当たり前だけど、先生とは何も進展がなく過ぎていき、中学2年が終わる春休みの少し前。


いつものように発声練習をして一息休憩を入れていた時、先生が少し残念そうに、でもニコニコしながら呟いた。


「多分、今年は異動になると思います。」


穏やかに流れていた日常が、ピタっと止まる音がした。


「異動って…違う学校に行くって事ですよね?」


「そうですね、そういう事です。本当は公表があるまで言っちゃいけない決まりなんですが…」


「…どこに移動になるんですか?近くの学校?」


「いや、京都です。」


京都…学生の私には、あまりにも遠い距離だった。


「早苗さんとはこう…少し特殊な形で関わってましたし、今後の予定もあるでしょうから、先にお話しておいた方がいいと思いまして…」


「そう…ですか…」


「急な事でごめんなさい。でも折角練習を続けてきたし、これからは中学校の音楽の先生に…」


その後、先生は何か色々話していたけれど、私の耳にはまったく入ってこなかった。


先生が生活の一部になっていた私にとっては、まさに沈んで行く船に乗っている気分。


先生が遠くに行ってしまう…


その事で頭が一杯になり、その日の残りのレッスンはずっと上の空だった。


最後になるレッスンの日。


今まで待ち遠しかった火曜日が、今までで一番来て欲しくない日になっていた。


いつものように音楽室に入る。


先生は珍しく、まだ音楽室には来ていなかった。


ふと、ピアノの後ろにあるカラーボックスに違和感を感じて目をやる。


今まで先生の私物がぎっしりと詰まっていたカラーボックスは、綺麗に片付けられていた。


あぁ、本当に居なくなっちゃうんだ…


そう実感した瞬間、涙が勝手に溢れて来た。


嗚咽するでもなく、ただただ涙だけがポロポロと溢れ出てくる。