「……わからない……」


耳元で先生の、苦しそうに震えた声がした。


胸が切りつけられているように痛んだ。


「……………だって俺は昔から知っていて……
小さい頃から知っていて……………」



初めて聞くその声に、胸が張り裂けそうになる。


「せんせい…?」


先生は私の声なんて聞こえていないかのように、苦しそうに何かを呟いていた。


「ねぇせんせぇ…」


私は泣きながら先生をギュッと抱きしめた。


「ダメなんだよこんなの絶対……


ダメなんだよ…なのにどうして…」


そう言いながらも先生の腕は、ギュウギュウと私を締め付けてくる。


私はもう何も言えなくなり、ただひたすら先生に抱きついていた。


抱き合ったまま、長い長い時間が流れた。


私は少し冷静になってきていて、先生はもう何も呟いていなかった。


時折、溜め息の様な深呼吸をする声だけが聞こえてくる。


少しでも体が離れてしまったら先生が消えてしまうような気がして、私は胸に顔を埋めた。


「…早苗さん。」


「…はい。」


いつものように穏やかな、先生の声がする。


「……もう一緒には居られません。」


胸がギュッと痛くなる。


でも、なんとなく予想通りだったその言葉に、私は黙って頷いた。


「…明日…家に帰ります。」


「…そうしなさい。」


今まで固く締め付けていた先生の腕が、私から離れた。


「…もう遅いです。寝ましょうか…。」


「…はい。」


先生の顔を見ない様に下を向いたまま、私は小さく頷いて、スーッと静かに寝室へと入っていった。