8月に入っても、風花寮の住人は寮に揃っていた。

「皆さん、お盆は実家に帰りますか?」

朝ご飯後のまったり時間。

お茶をすすって大家さんが尋ねた。

「僕は帰ろうと思ってます」

「オレは、りおちゃんについて行くよ。ご両親に挨拶しなきゃ」

「来るな! なんの挨拶だ!」

「いつもお世話になってますって。同じ寮に住んでるんだもん、当たり前でしょ?」

「当たり前じゃない。絶対本来とは別の意味になってる」

「その後、オレの実家に来て?」

「断る!」

「即答!? ひどいよりおちゃん……」

「泣き真似するな気持ちわるい。………お盆に他人様の家とか、居心地悪いことこの上ない」

「姉貴のBL本コレクション見せてあげようと思ったのに…」

「行かせていただきますっ!」

青木君は右手を額にあて、敬礼した。
見事な手のひら返しである。

中島君が青木君が男と知っても抵抗がなかったのは、もともと耐性があったからか。

わくわくしている青木君を見る中島君は、口元を吊り上げ、5割増し楽しそうにしている。

………十中八九、何か企んでいますね。
おそらくは、こう。

弟が男の人連れてきて、腐女子な姉に妄想されないわけがない。
その上、弟はそのつもりで連れてきているのだから………。
これ多分、外堀を埋められるやつですね。
青木君、ご愁傷様です。
お幸せになってください。
おふたりはとてもお似合いだと思います。

私は心の中で合掌した。

「ボク達は帰らないです」

アキ君の横でシュウ君が暗い顔で頷く。

「そうですか」

なにかありそうだけど、追求するのは野暮というものだ。

「北山さんは今年も帰りませんよね」

「ああ」

「福井さんはいかがですか?」

「私も、帰らないです」

「………わかりました」

大家さんは何かを察したようだったが、追求されることはなく、ほっと息をつく。
腐男子カップル以外、みんな訳ありか。

「青木さん、中島さん。詳しい日程が決まったら教えてくださいね」

「わかりました」

「りょーかい」

青木君を後ろから抱きしめた中島君は、すぐ思い出したように言った。

「あ、でも来週映画公開だから、その後になるかな」

「映画?」

「そ。今話題のケータイ小説が原作の、溺愛もの」

「へー、お前も溺愛のケータイ小説とか読むんだな」

「りおちゃん、オレに失礼だよ。オレ、こんなにも一途なのに」

「信用ならないんだよ」

「みんなも、原作小説持ってるから、言ってくれたら貸すからねー」

「…………なんていう、本?」

目をキラキラさせたアキ君が尋ねると、中島君はキメ顔を作り、人差し指を立てて言った。

「『さち。』先生の『同居人のイケメン達に愛されすぎてますが、本命はこの中にいません。』って作品だよ」

瞬間、呼吸を忘れ、鼓動が速くなるのを感じた。

………まさか、中島君の口からその名前を聞くことになるなんて。

私は震える両手を膝の上で祈るように、きつく握りしめた。

「その映画の主題歌は『さち。』先生が作詞するって話題になっててねー」

と、追加情報を述べていく中島君。

周りは中島君のプレゼンを興味深く聞いていた。

「『さち。』先生の作品は、甘々からギャグや悲恋、純文学まで多岐に渡っていて、その全てにおいて、高い支持を得ているんだよ。しかも、書籍化デビューは小学生の時。将来が楽しみだよねー」

「誰目線だよ」

「で、デビュー5周年にして、大賞受賞と共に実写映画化が決まったんだ。演じるのは、今旬のイケメン若手俳優たち」

「へぇ………」

「今季、恋人と見るのにこれ以上のものはないと噂になってるんだ」

タイトルからして逆ハーものなのに、恋人と見ていいんだ……。

「まさか、お前が女子中高生に大人気なケータイ小説家についてそこまで詳しいとは、知らなかったよ」

「クラスの女子にすすめられてさー」

「ほう………?」

青木君の声が低くなり、眼鏡が鈍く光る。

「違うよりおちゃん! 浮気じゃないからね」

「誰がそんな心配するか!」

慌てて青木君を上向かせ、視線を合わせる中島君。
キスまで10センチの距離で痴話喧嘩が始まった。

……なんだ。

青木君、ちゃっかり独占欲持ってるんですね。

ぎゃいぎゃいさわぐ青木君の顔を、中島君が自身の胸に押し付けたことで、おとなしくさせる。
しかし、そこで無抵抗な青木君ではない。
彼の両手は中島君の腰や太腿をガシガシ殴っている。

地味に痛いやつだ。

先に折れたのは中島君だった。

「ああもうっ! 恥ずかしいから言いたくなかったけど! 恋人とデート行くならどこがいいって、リサーチしただけだから!」

やけをおこしたが、一瞬で甘い顔になり。

「オレと一緒に行ってくれるよね、りおちゃん」

艶のある低めの声とともに、額に唇を落とされた青木君は真っ赤になった。

「別に、何も言ってないしっ……!」

青木君は中島君をぎゅっと抱きしめ、頭をぐりぐり押し付ける。

思わぬ反撃を食らった中島君は、一瞬固まった後、破顔し、頭頂部への頬擦りとキスを繰り返した。

「りおちゃん、かわいい」

「うるさいぃー」

イチャイチャしちゃって。

これ、外堀埋める必要ないでしょ。
二人の世界を作られて、部外者は居心地が悪い。

「というわけで、手始めにゆきちゃん、読んでみる?」

「……………ぇ?」

急に話しを振られ、言葉に詰まった。
なにが、というわけなんだろう。

でも『さち。』先生の本なら。

「…………私は、持ってますから」

「そうだったんだ。じゃ、アキちゃん読む?」

「はいっ、読みたいですっ」

アキ君は、ぱっと花が咲くように笑った。

「えへへー。楽しみだなー」

全身からわくわくが伝わってくる。
シュウ君も、顔を綻ばせてアキ君を見ていた。

他の皆も、微笑ましそうにアキ君を見ているのに、私はなんとも言えない複雑な感情で目を逸らした。