私も名前を名乗ったんだから、この人にも名乗ってもらおう。


そう思って、私は今度こそ会話がかみ合うように願いながら口を開いた。


「あなたの名前は?」


「はは、質問攻めだね。気に入った。
せっかくだから俺の名前を君。彰に覚えてもらおう。」


私のどこを気に入ったのか分からないけど、取り合えず会話がかみあってよかった。


「俺の名前は飛鳥(あすか)。」


「じゃあ、飛鳥さんで。
それでは、今度こそ裏の世界ってなんなのか答えてもらいますよ。」


「うまく話を逸らしたつもりなんだけどなぁ……
まぁ、さっきのは言葉のあやってことで受け取ってくれないかい?」


かたくなに話そうとしない飛鳥さんに、私はこれ以上踏み込むのはやめよう。


そう言い聞かせて、話を終わらせた。


「ハァ………また今度来ます。」


私は、“また今度来ます”という言葉に、“いつか必ず話を聞かせてください”という意味を込めてその場から去ろうとした。


「見た目によらず大人な彰に感謝するよ。俺は彰が気に入った。そのことを胸にとどめていてくれたらうれしいな。」


飛鳥さんはそんな私の真意に気付いたのか、表情が読めない顔で微笑んで私にそういった。


「分かりました。それと……
飛鳥さんのそのあいまいなしゃべり方、その表情が読めない顔に似合っていると思います。個性的で、私は好きですよ。」


「また来てね~。」


「私は正直、あなたの性格嫌いなんです。
だけど、その無駄に高いプライドはおもしろくて好きですよ。だから、またここへ来てもいいですか?」


「何かよくわからないけど、君がまた来てくれるなら俺は大歓迎さ。」


「じゃあ、私は屯所……仕事場に戻らないといけないので。」


今度こそ酒屋を去ろうとして開きっぱなしだった木製の戸の外を見た。


ヤバッ!!
もうこんなに太陽が昇ってる!!


長らく話し込んでいた私は、しっぽを振って待っているであろう乙葉ちゃんを思って早足にその場を後にした。


「屯所が仕事場か。
そう言えば、壬生浪士組っていう所が女中を募集していたな。」


1人になった酒屋で、1人でに呟く飛鳥さんの声は私の耳には届かなかった。