時の流れで、空気になる【短編】



「…子供が出来たんだ」


「え、」


「10年目にしてやっと…父親になるんだ。まだ安定期じゃないから、とりあえず、お前だけに話すよ」



良かったすね、と言いながら、先輩の涙で潤んだ瞳がなんだか可笑しくて、俺は下を向いた。



ーーやることやってたんじゃねえかよ。



「ここは、俺が払うよ」


いつもワリカンの有村さんが、伝票を奪った。


銀杏並木のオフィス街を歩きながら、未読のメッセージがあることを思い出し、スマホを取り出す。



「なあ。栗原」


「はい」


「愛って空気みたいなものだな。
当たり前過ぎて忘れちまうんだよ」



……マジか?このおっさん。




【今夜、逢いたい】




「いや…俺は、もっと劇的なもんだと思いますよ」



俺の指には、取り戻したサツキとの愛の絆が光る。

サイズはぴったりでもう皮膚の一部になってる。




やっぱ、愛って空気かな……



その指先で、スマホをなぞり、竹下ノドカを消した。






「時の流れで、空気になる」

fin