ギィ…ギィ…と、
微かな舟音とともに…
「…もし?」
そう声を掛けられて、
俺の緩んでいた背筋と態度がピンと張りつめる。
平静を保ちながら、声のする方向に目を凝らすと…
暗い暗い水場に、
灯りも無く、音も静かにひっそりと進む舟師の姿が在った。
「…もし?その白いケープ…協会の方ですか?お困りの様ですが…」
「はい…」
こちら側からは姿を確認するのがやっとという暗闇の中…。
相手は俺の服装が目に入った様で、それは丁寧に声を掛けてきた。
あぁあ…
やっぱり早くにでも脱いでいれば良かった…
そう煩わしく思いながらも、それを表情に出さない様に無表情を装う。
「…お勤めが思いの外…長くかかってしまいまして…、帰りの舟を無くしてしまいまして…。舟師の方ですか?遅くまでご苦労様です。」
「…い、いえ。…それよりお困りでしょう。宜しければお送り致しますよ…?」
ギィ…と舟を操りながら、その男は船着き場に立つ俺の前へ来るなり舟を止めた。
幸運と呼ぶべきなのだろうが、終業時間を終えてまで「この姿」を保たねばならない事に若干の苛立ちを感じていたのだ。

