「別に何もないよー。ただ大家族の夕飯のおかず作ってあげただけで、すぐ帰ったし」

「それでも人様のキッチンをお借りしたわけでしょ? すごい進歩じゃん! 縁がそんな通い妻みたいなことするなんて信じられない」



通い妻って。通う気はさらさらないよ。


先生がこちらを振り向くと、舞花はサッと教科書を上げて読むフリをする。

「お~い皆寝るな~」と、余計眠気を誘う声で注意した先生が再び黒板に向かうと、舞花は教科書を下げてあたしにニヤリと笑いかけた。



「なんか新たな恋が始まりそうな予感?」

「それはない」

「えぇ~なんでよーぅ」



不満げに口を尖らせる舞花。

だって、あたしには樋田先輩という想い人がいるんだから。

そんなあたしの心の声を読み取ったかのように、舞花は急に真面目な顔になってこんな質問を口にする。



「じゃあさ、縁は樋田先輩の何を知ってる?」



……言葉が喉に詰まる。

何も言えなかった。

先輩のことであたしが知ってることなんて、誕生日と血液型、そしてテニスが好きだということくらい。

誰でも知っているような情報しかないのだ。