服は適当で良いや。


タンスを開けて真っ先に目に入ったグレーのTシャツを取る。


誕生日だし、本当はもっとオシャレしたい。


でも陸斗がいる手前、恥ずかしくて出来ないのだ。


理由は自分でも分からないけど、何と無く嫌だった。



「ていうか本当に何の用なの・・・」



Tシャツを頭から被り、袖を通す。


その間にも愚痴を呟く口は止まらない。


別に陸斗が悪い訳じゃ無い、けど。


パジャマのズボンを脱いで畳む。


ついでに近くにあった一昨日履いたばかりのジーンズを履いた。


外に出るつもりも予定も無いんだし。


これが花の高校生か、と悲しくなった。


ふと思うことがあって窓の鍵を開ける。


窓越しの太陽は照り輝いて火傷しそうだった。


今は夏か、と突っ込みたくなるがそんな軽い気分ではないので突っ込みの代わりに溜息をついた。



「ちーぃー!」


「はぁーい!」



少し苛立ったような声で現実に戻される。


全く、苛立ちたいのはこっちだ。


窓の鍵は開けたまま、勢いでドアノブを捻ろうとしたがそこは落ち着いてゆっくり開けた。


私は16歳、16歳。


昨日よりちょっと大人。



「陸斗はただお祝いしに来た幼馴染!それ以上でもそれ以下でも無し!」



よし、オッケー。


受けて立ってやる。


陸斗は、そう、猫だ。


気まぐれで家に来た厄介者だ。


私が動揺する必要は無い!


一気に階段を駆け下りて一階に下りる。


途中、ミシッと嫌な音がした。


気のせい、気のせい。



「さぁ陸斗!用件は何だぁ!5秒以内に言えぇ!」



バーンと漫画のワンシーンのようにドアをぶち開けて陸斗を指差す。


けど、陸斗はそれに動じることなく仮面を貼り付けていた。



「ちぃ、落ち着いて、そして座りなさい」


「・・・Yes, my mother.」



ママに逆らうことは出来なかった。


桃野家の頂点に立っているだけのことはあった。


ママにだけは頭が上がらない。


大人しくその命令に従った。


自分用の椅子に浅く腰掛ける。


向かいにママ。


隣に陸斗。


そして最後の空いている席にパパが座った。


なんだかくすぐったい。



「で?」


「は?」


「は?じゃない!陸斗が素直に私の誕生日を祝うだなんて柄じゃないじゃん!」


「あー・・・まあな」


「まあな、って・・・」



素っ気ない言葉に私は呆れただろう。


陸斗がいつも通りならば。


緩く笑って何処か遠いところを見ている陸斗。


さっきとは比べ物にならないくらいの違和感を感じた。


陸斗は確かに私より大人だ。


いろいろ思うところもあるのだろう。


だけどーー



「・・・ね、・・・」


「玲奈」



淡く声を掛けたが何を言えば良いのか迷って口を閉じる。


それを諌めるようにママは私を呼んだ。


今まで陸斗に向けていた顔をそちらに向ける。


ママは初めて切なく微笑んだ。



「・・・あなたに、誕生日プレゼント」



重く呟いてエプロンのポケットから薄い一枚の紙を出した。


二回折られて小さくなっている。



「・・・?」



訝しげにチラリと切ない笑みを見る。


複雑に笑ったパパ。



「開いてみなさい」



静寂が言葉を探すようにパパが早口に言った。


ゆっくりと紙に手を伸ばす。


カサリ、淋しい音がした。


慎重に折り目を戻していく。


開いた瞬間目に飛び込んできた文字ーー



「っえ・・・」



私と、陸斗の名前。


恐る恐る紙の一番上に書かれている印刷された文字を目に写した。


ーー婚姻届。



「16歳、・・・おめでとう」



この16年間の中で今日という日は一番の厄日だった。