「あいつ、お前のーー」


私が二人の様子を呆然と見つめていると、隣りにいた並木さんが先輩に気付いたのか、驚いたような声を発した。

それと同時に、


「恵里奈…」


今度は私に気付いた先輩が、目を見開いて足を止める。


絡み合う視線。
先輩の揺れた瞳からは焦りの色が見える。


この時、私は気付いてしまったんだ。
先輩が心の中で、しまった、と呟いたことを。

私に見られてしまったという焦りより、本命の彼女と私を遭遇させてしまい、彼女に自分の浮気がバレるのではないか。

それが不安で仕方がない、と。



「トシ、誰?知り合い?」

「っっ…ああ、テニス部の後輩だよ」


美緒さんの声にハッとして、先輩は視線を逸らす。


私の胸に、“後輩”という言葉の矢がぐさりと突き刺さって。

目の前が真っ暗になった。



気が付くと、私はその場から逃げるように走り出していて、頬を無数の涙が伝った。