一年生の教室に行くと、桐生君はすでに着席していた。

「桐生君、聞いた?礼奈のラブレター事件」

 いつの間にか事件になってるし。

「山本、事件だなんて大袈裟だな。差出人は南のことが好きなだけだよ」

「そうだけど。名前を書き忘れたのかな?ドジだよね」

「もしかしたら、南に気付いて欲しくて、わざと名前を書いてなかったのかも」

「名無しのごんべに気付いたりしないよ。その人、随分自意識過剰だね」

 百合野はラブレターの差出人を、小バカにして笑った。こんな風に大騒ぎするつもりはなかったから、差出人に申し訳ない気持ちになる。

 もしも私が逆の立場なら、きっと傷付いてる。

「百合野、もういいよ。差出人捜しはやめる」

「礼奈、それでいいの?ストーカーだったらどうするのよ?」

「私もずっと片想いだったから、差出人の気持ちはわかる。きっと恥ずかしくて名前が書けなかっただけだよ」

「やだ、本当にそれでいいの?」

「手紙をくれた人と交際することは出来ないけど、中傷はしないで」

「礼奈は優しいな。私なら、ちょっと引くけどね」

 百合野は少し怒ったようにドスンと席につく。私は困り顔で席に着いた。

 手紙の差出人。
 それが誰なのか、もう詮索はしない。

 ◇

 ――放課後、部活に行き準備をしていると、山梨先輩が話し掛けて来た。

「南、今朝の話なんだけど」

 今朝の話……!?

「先輩、先輩、その話は部内では……」

「禁止か?そうだけど。話の途中だったから。俺は中学の時からずっと南だけを見ていた。後輩から南がフローラ大学付属高校に合格したと聞いて嬉しかったし、南がサッカー部のマネージャーになってくれて、運命を感じた」

「う、運命!?」

 やだ、山梨先輩。
 勝手に運命だと決めないで。

「俺は真剣なんだ。それだけは伝えたくて」

 山梨先輩の頭にサッカーボールがポンッと当たる。サッカーボールは地面に落ち、ポンポンと跳ねている。鈴木先輩はそれを足で止めた。

「颯、何を伝えたいって?わかってるの?颯は次期キャプテンなのよ。キャプテンが自らルールを逸脱してどうするのよ。部員に示しがつかないでしょう」

「お蝶、盗み聞きしてたのか。お前らしくないな」