「やだ、帰らないで。ちゃんと勉強するから、終わったらご褒美ちょうだいね」

「ご褒美って?」

「ワンちゃんだって、ご主人様の言うことがきけたら、ご褒美貰えるでしょう」

「礼奈は犬じゃないだろ。それに俺はご主人様じゃない」

「ご主人様、ワンワン」

 礼奈は両手を犬みたいに前に出し、吠えてみせる。

「礼奈、ふざけないで」

「クウウー……ン」

 寂しそうな眼差しと、鳴き声。
 何、甘えてるんだよ。

 段々自信がなくなってきた。本当に俺は、礼奈に勉強を教えることが出来るのか?

 こんなことに時間を費やして、難関校に合格できるのか。

 家庭教師を引き受けたくせに、礼奈が不合格になったら、俺はこの家に出入り禁止になるかもしれない。

 敏樹が、やりそうなことだ。
 それだけは何としても回避したい。

 ラブモードの礼奈をやる気にさせるには、ご褒美も時として必要かもしれないな。

「わかったよ。真面目に勉強したらご褒美な」

「やったぁ!」

 これはある意味、俺へのご褒美でもある。

 『やったぁ!』と叫びたいのは、俺の方だから。

 礼奈はご褒美目当てに、二時間黙々と勉強をした。成績が良いだけあって、難問も集中すればすぐに解けた。

 目の前にご褒美さえぶら下げれば、従順な賢い仔犬だ。

 俺は礼奈の隣に寄り添っているだけで嬉しかった。可愛い誘惑に、つい負けそうになるけど、俺は頑張って耐える。

 あの手この手で迫る礼奈が、可愛くもあり悩ましくもある。

 『受験が終わるまで彼氏は封印』と断言したものの、俺はすでに礼奈の虜だ。