「ばーか、何を勘違いしてんだよ。お前の頭ん中、エロしかないのか。俺は今日から礼奈の家庭教師なんだよ。勝手に部屋に入らないでくれるかな」

「創が礼奈の家庭教師!?」

「おう。今日から俺を『先生』と呼べ」

「あほか、純真無垢な礼奈に、お前は何を教える気だ!」

 アホは敏樹の方だ。
 勉強に決まってんだろ。
 でも……勉強にも色々あるからな。

「得意の数学とか、英語に決まってるだろ。俺は敏樹より成績は良かったからな。お前はスポーツ推薦だし」

「フン、十段階で評価七だったくせに。家庭教師が勤まるのか」

「お前は評価五だろ。五段階評価じゃないのに、体育以外は全部五。よく俺と同じ大学に合格したよな。空手に感謝しろよ」

 敏樹はスポーツ推薦で大学に合格した。鬼瓦軍曹は都の大会で優勝した実績を持つ強豪校の空手部の主将だ。

「敏樹、邪魔すんなよな。俺達、今から勉強するんだから」

「ちぇっ、勉強なら俺が教えてやるっつーの」

「お兄ちゃんと勉強するのは死んでも嫌。創ちゃんじゃないと勉強しないんだからね」

 敏樹は口をへの字にひん曲げ、部屋のドアを閉めた。ていうか、ドアの隙間がちょっと開いてるし、そこから小さな目玉がギョロギョロしてるし。

 超気持ち悪い。
 ここはホラーの館か。

「敏樹!」

「ちぇっ!」

 敏樹はバタンとドアを閉めたが、まだ人の気配を感じる。絶対にドアに耳をあて、盗み聞きしてるに違いない。

「敏樹いい加減にしろ!」

『チッ』

 ドア越しに敏樹の舌打ちが聞こえた。

 やっぱりな。

「礼奈、英語の教科書を見せて」

「うん」

 俺は中学校の英語の教科書をパラパラと捲る。

「志望校聞いてなかったな。第一志望はどこ?」

「フローラ大学附属高校」

「フ、フローラ!? あそこは偏差値が高いし、男女共学だし、私学を受験するなら女子校にすればいいのに」

「女子校? どうして? フローラの制服は都内の高校で一番可愛いんだよ。スカートやブラウスが何種類もあって組み合わせは自由なんだから」

「もしかして、制服で高校を選んだのか?」

「うん、女子の間では一番人気なんだから」

 はぁ……。
 ダメだこりゃ。

「礼奈、学校の成績はどれくらい?」

「お兄ちゃんや創ちゃんよりはいいと思う。でも創ちゃんが勉強を教えてくれるなら、もっと礼奈頑張る」

「本気でやらないと、フローラ大学附属高校は受からないよ。志望校がフローラ大学附属高校なら、遊んでる暇はない。ビシビシやるからな」

「ビシビシ? 嬉しい。創ちゃんが合格祝いにキスしてくれるなら、どんなスパルタも耐えられる」

 ぐっ……。
 キスが合格祝い?

「お母さんに家庭教師を頼まれたんだ。合格してもそんなことはしません」

「えー? つまんないの」

 俺のお姫様は、どうやら受験生の自覚はゼロのようだ。