「……えっと。駅まで?」

「うん。駅まで。歩くより自転車の方が速いから」

 そ、それは、マズイだろ?
 俺のお姫様がめっちゃ睨んでるし。

 俺の自転車に、元カノを乗せるなんて。
 自転車の二人乗りを、礼奈の目の前でやらかすなんて。

 そんな恐ろしいこと、俺には……。

「お願い、創。急いでるの」

 まどかが甘えるような目で俺を見ている。自転車に乗るくらいなら、全速力で走った方が速くないか?

 でも、まどかは知ってるんだ。
 俺が人に頼まれたら断れないタイプだということを。

「いいでしょう、創」

「……わかった。駅までだよ」

 ダメだってわかってるのに、俺はまどかを自転車の後ろに乗せる。礼奈の顔は怒りと困惑で崩壊寸前だ。

 バカ、バカ、バカ。
 俺は大バカ者だよ。

 こうなることは、わかっていたのに。

「あー……。助かったぁ。創、レッツゴー」

 まどかは礼奈の目の前で、俺の体に手を回してガチッとしがみついた。

 昔、俺達が付き合っていた時みたいに。
 柔らかな体を惜しげもなく密着させた。

 俺は礼奈に言い訳がしたくて、チラッと視線を向ける。礼奈は俺から視線をそらし、『バイバイ』も言わないで、家の中に入った。

 ああぁー……。

 絶対怒ってるよな?
 当然だよな。

 礼奈の目の前で、元カノが俺に抱き着いてるんだから。

 逆の立場なら俺は逆上し、敏樹みたいに相手を一発殴ってる。

「創、どうかしたの?早く行こうよ」

「あ……うん」

 俺はそのまま自転車をこぐ。

 付き合っていた頃は、まどかを自転車の後ろに乗せて登下校したんだ。

 当時の俺は、まどかに背後からギュッと抱き着かれ、ドキドキしながら学校まで自転車をこいだ。

 真夏の炎天下も、真冬の凍えそうな日も、小雨のぱらつく悪天候も、俺の自転車の後ろはまどかの指定席。

 高嶺の花だったまどかを乗せて走る通学路。 まどかは俺の自慢の彼女だった。

 俺のファーストキスは、まどかだった。

 大好きだったんだ。
 でも夢のような交際は、そう長くは続かなかった。

 俺は、まどかに振られたんだ。