礼奈は英語のノートに和訳ではなく絵を描き始めた。大きな目をした可愛い赤ちゃんの顔だ。

「目は創ちゃんに似て、鼻も創ちゃんに似て、口も創ちゃんに似て~」

「それ、そのまんま俺だよ。ていうか、礼奈、絵上手いんだな」

「だって、美術部だし。絵は得意だもん。赤ちゃんは大好きな創ちゃんのミニバージョンだよ。絶対に男の子がいい」

「男の子?」

「うん、男の子なら、創ちゃんが二人になったみたいで嬉しいから。子供って分身の術みたいだね。お兄ちゃんもママにそっくりだし。うふふ」

 敏樹とおばさんはヤバいだろう。

「性格も俺みたいだったらどうする?」

「それはちょっと困る。子供がエロいのは引く」

「エ、エロくて悪かったな」

「きゃはは。冗談だよ」

 俺のどこがエロいんだよ。
 俺みたいに品行方正で、親友の鉄の掟をバカみたいに守り続ける二十歳の男はいないよ。

「あーあ、もう勉強はやめた。礼奈、遊びに行こうか」

「うん」

 俺達は手を繋いで礼奈の家を出た。夏の太陽はまだ俺達の真上に居座っている。

 家の近くにある公園。
 木の幹で蝉が煩く鳴いている。公園の隅に設置された自販機で缶ジュースを二本買い、二人で木陰のベンチに座った。

「創ちゃん、今日も夕方からバイト?最近バイトばかりしてるね」

「ちょっとな」

「そんなにお金を貯めてなにに使うの?」

「それは秘密だよ」

「怪しいな。礼奈に言えないことなんだ」

「違うよ、今はまだ言えないだけ」

 礼奈は不満げに、ごくごくとオレンジジュースを飲み干した。太陽の陽射しが、礼奈の汗をキラキラと光らせる。

「創ちゃんキャンプ場でのこと覚えてる?」

「もちろん覚えてるよ。キャンプ場で遭難したから、俺は礼奈と素敵な夜を過ごせた」

「創ちゃんは礼奈のことを、まだ子供だと思ってる?」

「礼奈が大人か子供かと問われたら返答に困るけど。まだ未成年だけど俺にとって世界一大切な女性だよ」

「ほ、本当?」

「本当だよ」

 俺は礼奈をギュッと抱き締める。

「今キスしたら、オレンジジュースの味がするのかな?」

「えっ?」

「ファーストキスは甘い方がいいよね」

 礼奈は唇を尖らせ「ピヨピヨ」と動かす。
 もしかして誘惑してるつもり?
 それは……まだムリ。

 思わず口元を緩めると、礼奈もニコッと笑った。