「そうだよな。味なんてしないよな」

「友達がね、ハチミツレモン味がするって言ったんだよ」

「ハチミツレモン味? それ、キスする前にハチミツレモンを飲んだからだろう」

「……そうなの? だったらオレンジジュースの味?」

「そうだよ。緊張してたからわからなかっただけだよ」

「だったら、もう一度して」

「……ぶっ」

 それは無理だよ。
 いくら鈍感な礼奈でも、もう一度指先で触れたらキスをしてないことがバレてしまう。

 礼奈はファーストキスをしたと思っているから、いまさら「噓でした」とも言えない。

 俺は礼奈の額にチューッとキスをした。

 映画館でした時よりも長いキスだ。俺の唇が俺の理性とは真逆の行動をし、礼奈の額から離れない。

 まるで蛸の吸盤が、礼奈の額に張り付いたみたいに。

 ば、ばかやろう……。
 何をやってんだ、オレ。

 やっとの想いで礼奈から離れると、礼奈が不満げに俺を見上げた。

「さっきキスをしてくれたのに。どうしておでこなの?」

 微かに開いた唇。悩まし過ぎて俺は悶え死にしそうだ。

「礼奈、ごめん。さっき……礼奈の唇にキスをしたのは俺の指先なんだ。俺、礼奈のことが好きだから。まだ我慢する」

「……創ちゃんの意地悪。だから味がしなかったのね」

 礼奈が真っ赤な顔をして笑った。

「映画館で飲んだオレンジジュースの味がすると思ったのに」

「ごめんな」

「礼奈のこと、子供だと思ってるんでしょう。だからあんな悪戯したんだ」

「だってまだ中学生だろ。だから、キスはおあづけ」

「我慢は体に悪いのに。早死にしても知らないからね。嘘つきは閻魔大王に舌を抜かれるんだよ」

 礼奈は俺の唇をツンツン指先で突く。

 ……っ、俺を殺す気か。

「それでも楽しみは先にとっておきたいから」

「本当に礼奈のことが好き?」

「好きに決まってるだろ」

 礼奈が口元を緩ませてニヤッと笑った。
 可愛い顔が艶っぽく見えてしまうのは、俺が悶々としてるから?

『創ちゃんには我慢出来ないよ』って、礼奈の目が語ってるようだ。

「創ちゃん、映画館を途中で出てごめんなさい。DVD借りて、創ちゃんちで一緒に観よう。礼奈は恋愛ものがいいな」

「はっ? 俺んち?」

「ねっ、そうしよう」

 ねっ、て。
 なんの『ねっ』?

 『そうしよう』って、何をするつもりなんだ?

 これも姫の誘惑ですか?

 負けないぞ―……。

 どんなに色っぽい目で迫っても。
 どんなに可愛い顔で泣いて困らせても。

 俺は礼奈の誘惑には屈しない。