その人は時偶、こうして不可解な質問を投げ掛けてくる。


「夢とはつまり、実体のない蜃気楼。真夏の夜に浮かぶ陽炎のように我々の手には掴めぬ、そういうものなんだよ」


そこまで言うと、読んでいた本を棚に戻し部屋を出て行く。


その人は、此方に質問し自分の見解のみを語ると、勝手に出て行ってしまうのだ。


名前すら知らない者同士の、ほんの一瞬だけの問答。


毎日繰り返されるそのやり取りに、何故か胸が温かくなるのを感じる。


次の日も、その人は夢についての質問をした。


「…君、君の夢はあるのかね?」


不意に切り出された質問に、答えに詰まってしまう。


「夢はいい。…夢とは荒野だが、その荒野はたゆまなく流れる大河のように、果てなく続き、色鮮やかな荒野なのだから…」


思わせ振りに言葉を切ると、本を棚に置き、部屋を出ようとする。その扉に手を掛けた方とは逆の手を掴むと、その人は少し儚げな笑みで


「…今日の講義は此処まで。……また明日、この時間に待っておるぞ」


その笑みになにか悲しいものが写っていて、思わず手を放してしまった。