「待てよ。落ち着け。誰もお前を取って食ったりしないから。」


まるで威嚇する猫のような由佳の姿を見て、薫はなだめるような口調でそう言った。


「何の用?私はあんたに話すことなんて何もない。」


そう言う由佳を見て、薫は困ったように頭を掻く。


「正体を隠してたことは、悪かったと思ってる。けど俺はな…」

「もうあんたと私は、何の関係もない。気安く話しかけないで。」

「でも俺はお前に説明しなきゃならないことが…」

「何も聞きたくない。聞こうとも思わない。」

「……。」

「私の噂なら何だって広めてもらって結構。別に何をされようと言われようと気にしないから。あんたの彼女も私をいじめるネタが増えてさぞ喜んでるでしょうね。」

「違う。お前は色々と勘違いを…」

「もう私に近寄らないで。私、あんたみたいな奴って大嫌いなの。」


由佳は薫の言葉を遮って、冷たく言い放った。

そして由佳は薫の隣を猛ダッシュで駆け抜けると、非常階段を後にした。
由佳は走りながら後ろを振り向いたが、薫が追いかけてくるような気配はなかった。


それどころか、その日以来薫が由佳に何か言ってくることは無かった。