とろける恋のヴィブラート

「まぁ、なにも知らない方が幸せということもある。カイリ、明後日の準備はもう出来たのか?」


「御堂さん、明後日……って?」


 まるで状況を呑み込めていないのは自分だけのよう雰囲気に、じわじわと焦燥感が生まれる。


「明後日、ウィーンに立つ」


「――――」


 苦虫を噛み潰したような表情で御堂がぽつりと言うと、奏は絶句して頭の中が真っ白になった。


「日本はカイリの母親の故郷でもあるからね、じっくり日本を堪能して明後日、私と共にここを立つことにしたんだ。次に日本に来るのはしばらく先になるかもしれないね」


 エドガーの言葉の裏に、“もう日本に来ることもないかもしれない”というニュアンスが含まれているような気がして、奏は震える唇を噛み締めた。


「やはりカイリには本社のあるウィーンで活動してもらいたい。親のわがままかもしれないが、そのほうが彼にとって――」


「勝手なこと言わないでください!」


 思わず張り上げた声が廊下に凛と反響すると、エドガーと御堂が目を丸くして奏を見た。


「奏……」


「明後日ウィーンに帰るなんて……そんな話、私知りません。御堂さん、私になにも言わないで一人で勝手になんでも決めちゃうなんて……そんなのあんまりですよ」


「…………」


 御堂はじっと見つめる奏の視線から目を逸らすと、ぐっと拳を握り締めた。