とろける恋のヴィブラート

「えーっと……そのスーツ、とてもよくお似合いですね」


 奏は、その場を誤魔化そうと笑ってみせたが、その乾いた笑顔には何も効果はなかった。そして益々気まずい空気がどんよりと二人を覆う


 奏は、言葉を繋げようと気の利いた言葉を探したが、御堂の厳しい視線にそんな思考も凍りついてしまう。


「説明してもらおうか、なんでお前がここにいるのかを」


「それは……」


 後味の悪い御堂との別れ以来、一度も声を聞かずに一ヶ月。奏にとってはずいぶん久しぶりの再会に思えたが、御堂にとって、そんなことはどうでもいいように見えて、奏の胸に切ない風が吹いた。


「瑞希さんにこの公演のチケット頂いたんです。御堂さんこそどうしてここに?」


「……自分の父親の公演を見に来ちゃ悪いか?」


 なんの抑揚のない冷たい言葉が奏の胸をチクリと刺す。それでも奏はその場を離れることができなかった。


「公演は終わった。さっさと帰れ」


「レディにそんな言い草ないんじゃないか? そんな子に育てた覚えはないぞ?」


 二人の会話に割り込むように廊下の奥から深みのある声がして、その人物がコツコツと踵を鳴らしながら近づいてきた。