とろける恋のヴィブラート

「カイリはなんていうか、私の中で弟みたいなもんね、私の方が二つ年上なのよ」


 二十九歳の瑞希は、奏にとって魅力的な大人の女性に見えた。憧れさえ覚える。


「カイリがここまで演奏家として成功できたのも、あなたのおかげだと思う」


「私の?」


「過去に一度、演奏家をやめようとしたことがあったのよ」


 瑞希は、頬杖をついてため息混じりに鼻を鳴らした。


「彼が十六歳の時だったかしら、自分は音楽に向いてないとかなんとか言ってね、殻に閉じこもってたカイリに、彼のお母様の勧めで日本へ一年間だけ留学することにしたの。いつもあんな生意気なこと言ってるけど、何度も何度も壁にぶち当たって、その度に立ち上がって……あの時はなんだかもう見てられなかったわ」


 御堂の精神力は計り知れない、きっとそれは今までのスランプの数だけ強くなったからに違いない。


 奏は、トラウマで悩んでいた時の自分の気持ちも全部わかってくれていたのだと思うと、胸が熱くなった。


「あなたのピアノに出会って確かにカイリは変わった。ヴァイオリンの音色も、素人には誤魔化せても、評論家や音楽に精通してる人からは、感情のない音楽だってよく言われてた」


 御堂の暗く、闇に包まれた過去を知ると胸が痛い。今すぐにでも御堂のところへ行って抱きしめたくなってしまう。けれど、今はそれが許されないと思うと歯がゆい。