とろける恋のヴィブラート

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 ラウンジ“シャコンヌ”は奏の会社から、電車を乗り継いで三十分ほどの場所にある。落ち着いた間接照明が所々に設置されていて、白いテーブルや椅子がぼぅっと浮かび上がって見える。全体的にお洒落な大人の雰囲気が漂う店だった。


「お、来たね。お疲れさま」


「こんばんは、今夜も忙しそうですね」


 シャコンヌは、巷ではちょっと名の知れたラウンジだが、クラシック好きのオーナー北見の趣味でラウンジミュージックだけに限らず、クラシックのBGMも流したりしている。


「今日も奏ちゃんの演奏を聴きに結構な人が入ってるよ、じゃあよろしく頼むね」


「はい」


 シャコンヌには、奏が学生の時から置いてあるグランドピアノがある。年季の入ったピアノだからこそ、深みのある音が出せる。


「今夜もよろしくね」


 奏は、小声でピアノに声をかけると、椅子に座って深呼吸した。そして、店内の雰囲気に溶け込むようにピアノを弾き始めると、雑談をしていた客が一旦会話を止め、演奏に耳を傾け始めた。


 そんな空気の変化を、奏はピアノを弾きながら身に感じ取っていた。
 
 
 以前の奏ならば、この時点で緊張とプレッシャーに押し負けて鍵盤から指を外してしまっていたかもしれない。けれど、今の奏はそんなことにも臆することなく堂々とピアノに向き合っていた。