とろける恋のヴィブラート

「な、何言ってるんですか? 冗談は一回にしてください」


「前にどうして日本に戻ってきたのかって、聞いたことがあったな」


 御堂の真剣な表情に奏の胸がチクリと痛んだ。


(お願い、冗談だって……さっきみたいに言ってよ)


「日本中からお前のことを探し出して、もう一度自分のピアノの音を取り戻せるようにすることが、俺の本当の目的だった。偶然にもベルンフリートの日本支社にお前がいると知ったそんな時、うまい具合に野宮社長から所属のスカウトが来た」


 御堂をベルンフリートの日本支社に呼ぶことは、本来は柴野の策略だった。そんな思惑を知らずに御堂もまた柴野の策略を利用した。



 本当の神様の悪戯は、偶然が幾度も折り重なって柴野と御堂、そして奏が出会ってしまったことだったのだ。


「専属にすることでお前をいつも傍に置いておきたかった。けど、それはただのガキの独占欲だってわかったんだ。お前はもう十分に演奏家としてやっていける。ただのOLで身を埋めるには勿体無い逸材だ」


 できることなら時を戻したい――。


 先程までの甘くてとろけるような時間に――。


 奏は、乾ききった喉に水を与えることも忘れて、なにも言えずにただ俯くことしかできなかった。