とろける恋のヴィブラート

 御堂が力なく笑うと、奏は鼻の奥がツンとして何か言葉をかけようとしたが、気の利いた言葉が思い浮かばなかった。


「母が亡くなってから数年間、お前とも離れ、お前の奏でるピアノも聴くことができずに毎日が虚しかった。毎日毎日、気が狂ったみたいにヴァイオリンを弾いて……そんなことでしか気を紛らわすことができなかった」


 誰にも弱音を吐かず、己を強く保つことで虚勢を張り続けてきたのだろう。そんな弱い部分を自分にだけ見せてくれたことに、奏は不謹慎にも喜びを感じずにはいられなかった。


「ある時、俺はアルビネ国際コンクールに特別に招待された。そして、その時にまさかとは思ったが、ピアノ部門でお前の姿を見つけたんだ」


 奏を絶望の淵へと追いやったきっかけのコンクール。できれば思い出したくなかった。けれど、そんなトラウマにも屈することなく乗り越える力を御堂から与えられた。


 奏は、ふと湧いて出てきそうになったトラウマの言葉を、脳裏の片隅へと押しやった。


「あのコンクール以来、音楽界からお前の姿が消えた。今、どこで何をしているのかもわからなくなって……」


「御堂さん、私のこと……探してくれてたんですか?」


 奏が御堂を覗き込むように見ると、いきなりぐっと腕を掴まれた。


「お前が勝手に俺の目の届かないところへ行くからだろ!」


「あ……っ」


 そのまま御堂の胸の中へ引き込まれる。すると、うっとりと目を閉じてしまうような御堂の香水がほのかに鼻腔をくすぐった。


「やっと、やっと……お前のこと――」