とろける恋のヴィブラート

 今まで知らなかった事を柴野は何の躊躇いもなく淡々と語る。そんな柴野を見つめながら奏は、瞬きさえも忘れた。


「奏のピアノの腕がプロ並みだということも、君が出場したコンテストも全部知ってる。けれど、あるコンクールを境に君は演奏家として一切活躍しなくなった。でもね、そんなこと僕にとってはどうでもよかったんだ。知ってた? 僕はその頃から最低な人間だったんだよ」


 自分の知らない柴野が見え隠れしている。


 奏は、今まで柴野が何を考えていたのかなんて想像もしていなかったが、少なくとも今の柴野は優しくていつもにこにこ笑っている彼ではなかった。


「君が音楽の道を諦めて、ベルンフリートに就職したって風の噂で聞いたんだ。奏の共通の友達とわざと付き合ったりして、できるだけ君の情報を集めていた。ずっとね……偶然だけど、僕が前に勤めていた会社とベルンフリートは色々と交流があってね……ようやく奏を僕の物にするチャンスだと考えた。僕は企画部長のポストを投げ打ってベルンフリートに転職した。そして君の事も手に入れた。全てはうまくいった……そう思っていたのに」


 ぐっと柴野が拳を握り締めると、ぎりぎりとした音が今にも聞こえてきそうだった。