とろける恋のヴィブラート

 御堂は海外では有名人でも、日本の中高年層にとっては無名のヴァイオリニスト同然だった。


 中高年の入院患者が多いと感じた奏は、まずは御堂カイリ自身を知ってもらう必要があると考えた。


(チラシ配り終わるまでもうちょっと……)


「おい、何してんだ?」


 ふいに声をかけられて奏が振り向くと、そこに御堂の姿があった。


「あ、御堂さん。よかった、ちゃんと時間通りに来てくれたんですね」


「当たり前だ。お前がここに来る二時間前からいる」


「え? そうだったんですか? 私もそのくらいにはここに着いてたんですけど……」


 奏は、病院に着いてからすぐ院内をチラシ配りのためにくまなく回った。何度か御堂に電話をしたものの繋がらず、この期に及んで寝過ごすのではと気を揉んだが、それは杞憂に終わった。