とろける恋のヴィブラート

「すみません、私……今夜は帰ります」


 ピアノのBGMに混じってポツリと俯きながら奏が言うと、柴野がため息をついて腕を組んだ。


「どうして?」


「明日のコンサートの手順を再確認したいし、後で御堂さんと電話で連絡を取らないと――」


「僕の前じゃ、御堂に電話できない? 御堂とは仕事の関係なんだろう?」


 いつも爽やかな笑顔を向ける柴野の目は冷たく、まるで氷のように奏を見据えていた。


(柴野さん、どうしてそんなこと言うの……?)


 すると、奏の瞳がじわりと濡れて熱を持ち始めた。


「あ、あの……すみません、今夜は失礼します」


 泣いていると悟られたくなくて、奏はバッグを勢いよくたぐり寄せると、溢れる涙を拭ってスツールを下りた。


「奏! 待ってくれ!」