「優也!!ダメだよ!そんな走ったら体がっ!!!」
後ろから聞こえる唯の声を聞き流して、屋上に続く螺旋階段を上がっていく。
カンカン カンカン
カカンカカン
俺と唯の足音がこの空間に響き渡っていく。
最後の一段を登り終えて、俺は大きな扉を音を軋ませながら開けた。
唯の手を引きながら真ん中へと歩いて、震えている唯の手にキュッと力を入れた。
「!...優也?」
唯の声に俺はゆっくり振り返って顔を合わせた。
「急に走ってごめん。大丈夫か?」
「私は大丈夫だけど...優也は?」
心配そうな顔をして、唯は首を少し傾けた。
「大丈夫!って言いたいところだけど、けっこうしんどいな。...ちょっと座ってもいい?」
唯は俺の言葉にすぐさまうなづき、肩を貸してくれた。
黙って俺の方を見てくる顔は、昔と何も変わっていない。
俺はいつも唯にこんな顔をさせていたんだな....。
「優也?」
唯が不思議そうに俺の顔をのぞいてきた。
唯が近づくたび、俺の心臓の音は増していく。
それは、緊張なのかそうでないのかは俺には分からない。
「ごめん、なんでもない。....あのさ、唯。」
でも、一つ確かなことがある。
「どうして、さっき泣いてたんだ?」
「え.....。」
唯は今、俺のとなりにいる。
望んでいたことが実現されている。
だけど、唯が笑っていない。
俺は、唯にはずっと笑っていてほしいから。
唯の答えが知りたい。
「もしかして、前俺が言ったこと...気にしてるのか?」
「違うよっ!ただ...優也に謝りたくて....。」
唯は首を左右に大きく振って、うつむいてから、話し始めた。
「私...優也のこと、なんにも分かってないのに、言いたいことばかり言って、優也を傷つけた。
だから、優也に謝ろうと思ったんだけど、なかなか言い出せなくて....気付いてら泣いてた...。
....なんか私、泣き虫になっちゃったみたいだね!おっかしいーなー!あははは!」
そうだ、唯はいつもそうだった。
辛いとき悲しいとき、こうやって無理に笑って見せるんだ。
たぶんそんなことをさせてしまっているのは、他でもない.....この俺だ。
「唯。」
「ん?えっ...!?」
俺は唯の名前を呼びながら、腕を引いて唯を抱き締めた。
俺の腕の中にすっぽりと収まる唯の体は、力がギュッと入っていたが、徐々になくなっていった。
「唯。」
もう一度名前を呼ぶと、唯はゆっくりと顔を上げた。
そして俺は話し始める。
伝えたい言葉の全部が、唯に伝わるようにと願いながら。
「ごめんな、ずっと我慢させて...。
子供のころから、一生懸命俺のことを守ろうとしてくれたり、
他のクラスメイトからもたくさん悪口言われたり、男子から庇ってくれたり....。
俺は、いつも唯に助けられていたのに自分のことしか見えてなかった。
唯が一人で悩んでいることに気付けなかった。
本当にごめん。」
俺の話を、唯は黙って聞いてくれた。
ときどき首を横に振ったりしながら、儚そうに笑っていた。
俺は再び口を開く。
「でも...唯が、そうやって無理して笑うのは俺のせいだと思う。
...だけど、一つだけ聞きたいことがある。...どうしてそんな風に笑うの?」
「.....っ!?....」
唯は今までとは違い、目を大きく見開いた。
そして、苦しそうに口を開いた。
「...だって、笑ってないと優也も泣きそうな顔するから...。」
「え......。」
どういうことだ....?
そう思っているのが伝わったのか、唯は小さく笑いながら言った。
「優也、気付いてないでしょ?
私が泣くと、いつも優也は泣きそうな顔をするんだよ。
たくさん傷ついたのに、人の痛みまで受け止めようとするから、自分まで傷ついて...。
だけど、このままじゃ優也が壊れちゃう気がして、私は..笑っていなきゃと思ったの。」
「......!!」
最後の言葉を言うとき、唯は俺の目を見て言った。
そのとき俺は、唯がどれだけ俺のことを考えていてくれたのか、痛いほどわかった。
そんな唯が、愛しくて、大切で....俺は抱きしめていた手に力を入れた。
「唯っ....!!」
ずっと伝えたかった想いが溢れだす。
「俺っ!今からいっぱい話すけどっ分からなくてもいい...!!聞きたくなくなったら、耳を塞いでもいいから...聞いてほしい!!」
「うん...!」
ギュっと抱きしめているから、唯の顔が見えない。
すぐ近くにいるけど、声が聞こえるように、届くように...大きな声で言う。
「俺っ、唯にいっぱい迷惑かけてきたから、謝りたい...何回も。でもそれ以上に、たくさんの幸せをもらったから、"ありがとう"って言いたい。
わがままでごめん...でも.....ありがとう。」
そう言って、少し体を離して唯と目を合わせる。
唯は首を横に何度か振ってから、俺の大好きな笑顔を見せた。
「私いま、すごく嬉しいよ。いつも"ごめん"だった優也に"ありがとう"って言ってもらえて...。だから、私も...ありがとう。」
太陽に照らされて、輝いて見える唯の笑顔はとてもまぶしかった。
再び抱きしめて、7年間言えなかった言葉を声に乗せて放つ。
「好きだ。」
「....っ!!」
「俺はこの気持ちを伝えたくて、強くなろうと思ったし、強くなれたと思った。
でも、本当は何も変わってなかった。
今も力を抜いたら泣きそうだし、相変わらず体は弱いし...。
だけど、こんな俺だけど、唯を想う気持ちは誰にだって負けない。
唯が好き。ずっと、ずっと好きだった。」
抱き締めている力を強くして言うと、唯の声が耳元から聞こえた。
「私も...好きだよ。ずっとずっと優也が大好き。」
「....っ!!」
唯はそう言いながら俺の背中に両手を合わせ、抱きしめ返した。
俺は心の底から"嬉しい"と思った。
もう会えないと思っていた唯が、今、自分の腕のなかにいてこんなに近くにいてくれる。
俺は唯を抱き締めながら、口にする。
「「やっと言えた...。」」
「「!?....あははは!!」」
驚いて唯と顔を合わせ、そして心から笑う。
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「唯。」
「ん?」
「好きだ。」
「私もだよ。」
「優也。」
「うん?」
「好きだよ。」
「俺もだよ。」
-----------ずっと前から君が好き-------------
完

