「あー、ほんっと暑いな....」
教室を出た俺は、2階から1階に下り、職員室前を通って、独り言を言いながら廊下を歩いていた。
もう入学して4か月か...。唯、今頃何してんのかな?
そんなことを考えていると、カキーンという音がして俺は首だけを窓の方に向けた。
外のグラウンドでは、授業が終わったあとに部活をしている生徒たちがいた。
歩いていて見えるだけでも、野球部にサッカー部、陸上部...いろいろの部活があった。
「.....。」
窓の外から聞こえてくる、さまざまな声に俺はついつい足を止めてしまう。
窓に右手を押し当てて、少しでも見えるように顔を近づけた。
「すげー楽しそう...。」
自然にこぼれた言葉に、胸の奥がキュッとしまるような感覚がした。
そっと胸に左手を合わせてみると、頭の中にある言葉が浮かんだ。
---俺には見ることしかできない---
それはこれまでも、何回も思って言われてきた言葉だ。
その言葉は、俺の中でずっと消えないものだから、どうすることもできない。
「...っ!くっそ..!」
俺は悔しく、やりきれない思いを小さな声で吐き、窓から乱暴に手を放して保健室に向かった。
確か...放送室の右隣りに保健室が..。
記憶を整理しながら廊下を歩く。
放送室の前を通り、進んでいくと保健室と書かれた部屋を見つけた。
「あっここだ。...失礼しまーす。」
軽くノックしたが、返事がなかったため声を出しながら扉を開けた。
「っ....!!」
「....!」
扉の向こうには、体操服姿の女の子が保健室の真ん中で立っていた。
俺が驚いて、"あ..えっと.."と言葉を濁していると、女の子は笑顔で駆け寄ってきた。
「こんにちわぁ!あの、保健室の先生知りませんかっ?」
「...えっ!?あ、えと、その、俺も先生に用事があるんだけど、まだ来てないみたいで...」
俺が慌てながらそう言うと、女の子はシュンとした顔をして"そうですか~"と後ろで手を組んだ。
俺は女の子から少し離れて、深呼吸をする。
うあ~!ヤ、ヤバい...女の子となんて最近話してないから緊張する~!
頭の中がパンクしそうになり、俺は一番端っこのベットに腰を下ろして、深呼吸を続けた。
だいぶ落ち着いてきて、俺はバレないように目線を女の子に向ける。
...少し茶色が入った、ショートカットの髪。
細見だけど、弱弱しさを感じない小柄な体格。
透き通ったきれいな声。
唯に、似てるなぁ...。
俺は声に出しそうになるのを抑えながら、そう思った。
そんなことを考えていると、女の子と目があった。
「......?」
「あっいや、えっと...。」
首をかしげて見てくる女の子に、俺は言い訳を探す。
「えとー、あのー...」
だが、出てこない。
俺が言葉に詰まっているのを見て、女の子は笑い出した。
「ふふふっ!面白いですね♪」
「え?面白い、ですか?」
自分ではそうは思わないから、曖昧な返事を返してしまう。
女の子は丸い椅子に座りながら、聞いてきた。
「あの、ここに来た用事ってなんですか?」
「あーえっと。俺、体が弱いから月に一度、保健の先生に体を診てもらうよう、両親から言われてて、今日がその日なんですよ。」
話すのがやっと慣れてきてた。
なんて感じつつ、俺が苦笑いをしながら言うと、女の子はさっきみたいな笑顔ではなく、どこか悲しそうな顔をしていた。
「え...どうした..んですか?」
「....!!ごめんなさい!!なんでもないんですっ!」
俺が驚きながら聞くと、女の子はハッとなって首を振った。
変な空気になってしまう前に、俺は話題を変えた。
「...。じゃあ、君はなんでここに?」
「私は、ちょっと部活で怪我しまして...。アハハハッ!いつものことなんで慣れちゃいましたけど。」
そう言って女の子は、自分の右肘を左手で指さした。
指さされた所を見てみると、右肘は青むらさき色になっていて、見るからに痛そうだった。
俺はその状況に、敬語を使うのも忘れて、女の子の所に言いながら走った。
「ずっとこのままでいたのかっ!?これ、早く手当てしないとダメだって!!」
「えっ!?あ、あの、大丈夫ですよ?よくあることですし、それに私、無器用で出来ないので...。」
「よくあっちゃ駄目だろ!」
「で、でも...。」
女の子の言葉にツッコミを入れたりしながら、俺は救急箱を探した。
「あの~...」
女の子の声が小さくなって、返事しようとしたとき、白色の棚の中に救急箱を見つけた。
「あった!」
そこから包帯とテープを取り出して、女の子の前に立つ。
「俺が手当てするから、腕、出して!」
「えっ!?大丈夫ですって!それに、あの...」
女の子は何かを言っているけど、うつむいているから顔が見えない。
「何かあるの?それとも、俺の腕前を気にしてる?」
「は、はい?」
女の子は意味が分からないといった顔を向けてきた。
そんな女の子に、俺は胸をドンッと叩いて、口を開く。
「それなら、大丈夫!俺は昔から、幼馴染みの怪我の手当てをしてきたから。」
「え...。」
唯がよく男子とケンカして、怪我を作って帰ってくるから、俺は心配が尽きなかったものだ..。
感傷に浸ってしまったことに気付いて、顔を上げると、女の子は俺の方をジーっと見ていた。
さっき自信満々に語ってしまったことなどが、今になって恥ずかしくなってきた。
「と、とにかく!ちょっと腕、借りる!」
「ちょ!ちょっと!?」
女の子の声も聞かず、俺は手当てを始めた。
両手を使って、傷の部分を包帯で巻いていく。
俺の手つきを見ていた女の子は、口をあけて目を見開いていた。
なんて、顔してんだよ...この子!面白いのは、そっちじゃないのか?くふふっ!!
そんな面白い顔に心の中で笑いながらも、手当ては無事終わった。
「こんなもんだな。...はい、出来たぞっ!」
俺がそう言って笑いかけると、
女の子は腕を触りながら、笑顔で言った。
「...ありがとうございます!」
「.....っ!?」
そう言って笑った顔は、俺の幼なじみの、唯の笑顔と重なって見えた。
唯...なのか...?
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
「どうしました?」
考え込んでいると、女の子が不思議そうな顔で、俺をのぞきこんでいた。
「あ、いや、なんでもない。...って俺、さっきから馴れ馴れしく...。
一つのことに集中すると、なんにも考えずにやっちゃって、すみません。」
俺が頭をかきながら言うと、女の子はゆっくり首を振って言った。
「大丈夫ですよ。というかもう、敬語はなしでいいと思います♪
緑色ってことは1年生ですよね?私も1年なんです!」
女の子はそう言って笑うと、緑色のスリッパを見せてきた。
「同い年だったのか...!じゃあ、これからよろしくな!」
「うん!あ、名前って-----」
女の子がそう言いかけたとき、保健室の扉が開いた。
「ごめんごめん!!篠原!会議が終わらなくてさぁ~!」
俺たちの会話を止めるように入ってきたのは、保健の先生。
先生は部屋に入るなり、そう声を上げた。
その瞬間、女の子が肩を揺らして、"えっ!!"と声を上げた。
"何かあったのか?"と聞こうと思ったが、先生の"あー疲れたー"という言葉に遮られてしまった。
先生は走ってきたようで、辛そうに息を整え、白衣を揺らしながら俺たちの方に歩いてきた。
そして女の子を見て、呆れた声を出した。
「立花....またお前、怪我したのー?女の子なんだから気を付けないとダメでしょ!」
「......っ!?」
この子、立花っていうのか!?
唯と同じ苗字で、似た笑顔...。この子、やっぱり....。
「....す、すみません。でも今日は大丈夫です。えっと...篠原くんに手当てしてもらったので。」
俺は、いきなり名前を呼ばれてビクッとなった。
「そっかそっか。じゃあ、早く部活に戻れよ?じゃないと、俺が陸上部の先生に叱られるんだからな!」
先生は急がせるような言い方をして、女の子...立花の背中を軽く叩いた。
立花は、"そうですね!"と笑いながら立ち上がり、俺の前で立ち止まった。
「篠原くん!手当てしてくれてありがと。じゃあ、またね!」
「あ、あぁ!-------------....っ!ちょっと待って!!」
俺は、うなづいてみたものも、唯のことを確かめたくて、思わず、保健室から出ていこうとする、立花の手首を掴んでいた。
「あ、あのさ!あとで、話したいことあるんだけど、部活終わったら1年2組の教室に来てくれないか?」
「...うん、分かった。」
「じゃ、じゃあまたな。」
俺はそう言って、静かに手を放すと、立花は"うん"とうなづいてから、保健室を出ていった。
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「おーい、篠原~?聞いてんのか~?診断、始めんぞ~。」
「立花は....でも、なんか雰囲気が違う...?」
「異常なしっと。篠原、次の診断は来月の....ってまたか..。」
「でも、髪色も顔もけっこう似てるし....。」
俺はこんな感じで、診断の間もずっと、そのことで頭がいっぱいになっていたのだった。

