玉砂利の上に少年が一人立っている。

瞼を閉じ、直立不動のままの姿勢で何分が経っただろう。

サカキを四方の地面に差し、縄で囲った正方形の枠の中に、彼はいた。

おそらく、これは結界なのだ。

この正方形の中だけが、今、彼の力の及ぶ範囲。

分かる者には、その結界の中が、異様な力で満ちていることを感じるだろう。

時が経つにつれ、彼の額には脂汗が滲み、体も小刻みに震えるようになってきた。

呼吸も荒く、やや集中力もなくなってきたようだ。

そう思ったのも束の間、彼は膝から崩れ落ち、両手を玉砂利の上に着いた。

目を見開き、早い呼吸を繰り返している。

「そこまでですね」

玉砂利を鳴らしながら、ゆっくりと近づいて来た男が言った。

「ま、だ……出来ます」

「無理は禁物だと、申し上げた筈ですよ。斎門(さいと)?この結界の中で、よくぞこれだけ保っていられるようになりました。今の段階では十分だと思いますよ」

「でも!」

「焦ってはいけません。高見を目指したいなら、焦らぬことです」

「……」

斎門は汗を拭って立ち上がると、結界を解く所作を行った。

結界に満ちていた不思議な力が、瞬時に消えた。

嵯峨は、その全てを満足そうに見守っていた。

正方形の枠の中から出てくると、斎門は師匠である嵯峨に向き合った。

そんな愛弟子に、嵯峨は微笑み、

「力の習得は、日進月歩。あなたはまだまだ、これからの方です。まだ修行を始めて3年にも満たないのに、これだけのことが出来るのは、大したものですよ。焦らないことです。斎門(さいと)」

と、口が酸っぱくなるくらい、繰り返し口にしていることを言った。

何回も聞いているのだから、もう十分頭では分かっている。

けれど、心はやはり焦るばかりだった。

明日にも、帝が襲われる事態が起きるかも知れない。

この国が妖魔に駆逐される日が来るかも知れない。

そう思うと、居ても立ってもいられなくなる。

今以上の力を求めてしまう。

斎門は自分の手を見つめた。

嵯峨に師事して三年。この手には、幼い頃には考えもしなかったような力が溢れている。

師匠である嵯峨に並ぶほどの。

けれど、それを使いこなせるだけの技を持てていなかった。

その技を今、嵯峨から習っている訳なのだが、この過程が若い斎門には、どうしようもなく焦れったく感じられるのだ。

そう言うと、嵯峨はまた穏やかな微笑みを浮かべる。

「いいですか、斎門。力は使えばいいと言うものではありません。あなた程の力を持つ方は、それを制御し、おのれの意のままに操ることが出来るようになって初めて、本当の術者と言えるのですよ」

そう言われると、斎門は何も返せなくなる。

嵯峨の言うことは正論であり、当然自分も守るべき事柄だと分かるからだ。

頭では、分かっていた。

けれど心の中には、じりじりと焼け付くような焦燥感がある。

(それは、俺がまだ子供だからなのか?)

嵯峨くらいの大人になれば、焦って無理をしたり、自分に苛立ったりすることはなくなるのだろうか。

(分からないな……)

いずれにせよ、嵯峨の言う通り、一歩一歩前に進むしかないのだ。

斎門(さいと)はこの時13歳。

ようやく、元服の出来る年になったばかりだった。