「あ、旦さん!また、来よった!!」

 建物の陰からぬっと顔を出したのは、先程と同じ、頭に角の生えた異形の妖(あやかし)。

 斎門がすぐさま印を結ぶ。

「油断は禁物ですよ。斎門」

「分かってますって。こっちの方が強いってことくらい」

 瞬時に相手の力を読み取った斎門が、先ほどの物とは違う呪言を詠唱すると、彼の周りに出来た霧の中に、狐が現れた。九つの尾を持つ妖狐だ。

 斎門の秀麗な顔に、余裕ありげな笑みが浮かんだ。

「俺の方が明らかに強い!」

 言い放つと同時に、妖狐が鬼に飛び掛かった……。

 


「俺の方が明らかに強いなんて、私でも言ったことありませんよ……」

 やや呆れを含んだ嵯峨の声に、その腕の中の猫も「うんうん」と頷いた。

 けれど、愛弟子が、それだけの力を持っているのも確かで。

 おそらくは、師匠よりもずっと大きな力を。

「願わくば、夕羅ちゃんに会うまでは、怪我をしないでいてもらいたいものですねえ」

 それも、あと少し。

 あの子が京にやって来る。

 それが、運命が動き始める瞬間であることを、嵯峨は己の胸の内だけに留めていた……。