僕は窓に掛けてあった雑巾を掴むと、ゆっくりと犬の前に跪(ひざまず)いた。

犬は僕の口もとをペロリと舐めた。

お返しにキスをした。

そしてカマキリと少年のやり取りを後目に、犬の足の裏を雑巾で拭いた。

非協力的な彼を拭くのは苦労したが、なんとか綺麗になった。

「よーし。OKだ」

「何ですか、あなたは!?」

カマキリが咎(とが)めるような目付きで僕を見ていた。

「お子さんですか?」

「違いますが、足は綺麗になったし、紀州犬は滅多なことでは鳴きませんから、うるさくしたら退館ということでいいんじゃないですか?」

「いるだけで、皆さん迷惑してます!」

カマキリはキョロキョロと周りを見回した。

皆の視線は犬ではなく、大声を出しているカマキリに注がれているように見えた。

そのまだ館内を見回しているカマキリの無防備な膝のあたりを、犬がペロリと舐めた。

「ギャーッ!」

カマキリは絶叫すると、二、三歩あとずさった。

「うるさいのは、おばさんだよ!」

僕は少年の言葉にうなずいた。

「まぁ何ですって!自分のやっていることがわかってるの!」