「なんで俺を襲ったわけ?」

「私の1千万を返してください」

女は同じ言葉を繰り返したが、先程までと声のトーンは違っていた。

「なんで俺が返さなくちゃならないの?」

「おまえが取ったからよ!」

トーンが再び上がり、俺を見つめた目に涙が溢れてきた。

「おまえが財テクに金を買いなさい!なんて、嘘八百を並べて、私の1千万円奪い取ったんじゃない!」

俺はそこまで聞いてやっと思い出した。 

以前勤めていた富多商事時代に騙した沢山の人の一人だったのだ。

女は昼間は美容院で働いて、夜はスナックでバイトをするというハードなスケジュールで6百万円をわずか26歳でためていた。そのお金は、妹の動脈管開存症という心臓病を直すために使うつもりだった。しかし、米国の心臓病の権威のドクターにオペしてもらうには、あと4百万円足らなかった。

俺は3ヶ月間で6百万円を目標の1千万円にしてやると言って、ペーパーゴールドを買わせ、まんまと巻き上げたのだ。

女はそのあと、
「妹は2年後に心不全をおこし死んだのよ」と言い残すと、テーブルに泣き崩れた。

そしてその体勢のまま、未美がコーヒーに入れた抱水クロラール液(睡眠薬)の作用のために寝入ってしまった。

女のハンド・バックの中を探ると、手垢で黒くなった写真週間誌に載っている俺を見付けた。

恐らく女は俺の消息を血まなこになって捜していたのだろうと思えた。