「キチガイが庖丁持ってる」

「誰がキチガイよ?」

「奥にいる」

その時、長い髪を振り乱した女が庖丁を掲げて追って来た。

俺は未美に果物ナイフを渡すと、スチール製の傘立てを構えた。

女は傘立てに切り掛かった。が、火花を上げ、刃こぼれするだけだった。

俺は傘立てで鋭く突いた。

女の胸に当たった。

女はじりじりと後退さる。それを突きながら前に進んだ。応接間に出ると、女は走ってソファーの向こう側にまわった。

ソファーを挟んで、しばらく睨み合った。張りつめた沈黙が続いた。

初めに沈黙を破ったのは未美だった。

「なんなのよ!この馬鹿騒ぎは!?」

「理由を話してくれないか?出来ることなら何でもするから」

女は肩で息をはじめた。

「なぁ、襲われる理由ぐらい聞く権利はあると思うけど?」

女は黙したまま、荒い呼吸を繰り返していた。庖丁を持った右手は掲げたままだったが、目からは凶暴な光は消えかけていた。

「いつまでこんなことをやってるのよ。お茶でも飲んでゆっくり話そ」

女の様子を機敏に察知した未美は、そうのんびりと言うと、ゆっくり台所に向かった。

その後、我々の説得で女は庖丁を置き、ソファーに座り、コーヒーをすすった。