せいぜい一人で持ち運べるのは4億どまりだろう。だから証券か貴金属に変更する事も考えていた。

…これは、考え方によると好都合かもしれない。

「たしか、“金星(ビーナス)の落とし子”という名のダイヤですよね?」

「よくご存知ですね。こんな大きなレッド・ダイヤは世界に二つとありません。プレミアが付くのは確実です。今は18億ほどですが、すぐにでも20億になると思います」

『じゃ、自分で持ってろ!』
と心の中で毒づいた。この誘惑的な甘い言葉は、白木の昔勤めていたペーパー・ゴールドのサギ会社と同じ手口じゃないかと思った。

「キャッシュで今月末に20億と約束したわけです。それ以外は困りますね」

ここで物欲しそうに出るわけにはいかなかった。探りを入れてみたのだ。

「しかし私も努力したんですが、今月は色々経費がかさみまして、損を覚悟で、“金星(ビーナス)の落とし子”と3億とでお願いしますと言ってるんですよ」

「…わかりました。では、それと、4億で手を打ちましょう」

「先生は交渉がお上手だ。中を取って、3億5千でどうですか?」

「社長、一歩譲って4億と言ったんですよ」

汗が滲んだ。声もうわずっていた。こういう駆け引きは吐き気がするほど嫌だった。 
僕は意識してゆっくりと低い声で続けた。

「今からでも他の会社に持ち込めば、黙って40億、入るのですよ」

「ちょっと待ってくれ!月末までに“金星(ビーナス)の落とし子”と4億を用意するよ」